電車に夕日、紫煙と珈琲 我が青春の玉突き場

 「昔ながら」といった趣は、プレーヤーたちの心の休息所にもなっているのだ。酒井さんにとっても同じだ。大きく開いた窓から見える神田川と電車が見える店の風景が大好きだと言い切る。「川の向こうには、中央線と総武線がのんびりガタンゴトンって行き来するのが見えます。そして、夕方から、斜めに夕日が入って台を照らします。そんな光を眺め、玉同士が当たる音を聞きながら、たばこを吸って珈琲(コーヒー)を飲んでいる時間がたまらなく好きです。夜に向けてまた仕事を頑張るかって思えますね。この風景があるから、僕は、ここにいるというのも正直あります」。川には、一昔前から比べると、鯉(こい)が増えてきて、春になり冬眠から覚めた亀も時々姿を表す。「苔(こけ)が背中に乗っかっているんです。名前はかめ太郎です」。それらすべての風景もまた、かつてどこかに存在した懐かしい景色そのものなのだ。

今では倉庫になった店の隣の建物は、かつては淡路亭
  の工場。「玉台家具製作所」と書かれた文字は木製だ   

 淡路亭には、若い人たちもポツポツと姿を見せるが、客の中心は中高年の常連である。前出の客もそうだが、20年、30年と通い続ける客が多い。最高齢は84歳のおじいさんで、10代の頃から来てるという。この店オープン以来の客である。「最近は、毎晩いらっしゃってます。プロではなくいちアマチュアですが、ビリヤードが純粋に好きという人。もちろん腕は極上級ですよ」。彼との付き合いも酒井さんは長い。「僕がここに通い出して、その後、働き始めた頃は、かなり生意気な子供でした。当時、40〜60代のおっちゃんたちに、試合を挑んでましたが、その中で、遊び方やたしなみ方をさんざん教え込まれました」

これほどまでに大人が視線を集中させる競技はそう多くない

 一番相手をしてくれたのが、かつての店の社長であり、その老人だった。何度も玉突きの相手をしてもらったが、勝ったためし一度もなかった。「結構叱られもしましたね。本当に、人生そのものを教わった感じです」。ビリヤードを通じて、人々が脈々と繋がっている。それが淡路亭の魅力でもあるのだ。

フロアに到達するには、古びた急な階段を上がる必要がある

 酒井さんがビリヤードと関わって、30年近くが過ぎた。時の移ろいの中で、ビリヤードそのものに盛り上がりが欠けた時代もあった。建物の老朽化と経営者の老齢化でビリヤード場そのものが減っていく。しかし、奥の深い、ただただ楽しいビリヤードをなんとかまた盛り上げたいというのが、酒井さんや淡路亭の社長の偽らざる気持ちだ。「社長には、『うちは敷居を一番低くしろ』と言われています。初心者にどんどん来てもらえればという考え方です。ぜひ訪れていただきたいですね。大歓迎です」

 雨が上がりほんの少しだけ日が刺した。柔らかな光が、ビリヤード台を優しく覆っていた。

あわじてい びりやーどじょう
東京都千代田区外神田2-1-7 2階
📞03-3253-1025
営業時間:午前11時〜午後11時
定休日:日曜、祝日
文・今村博幸 撮影・JUN

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