手がかかる「個」ほど可愛い ⁉︎ オーディオの営み

コラム其ノ陸(特別編)

retroism〜article67〜

 「ワンタッチ」という言葉を聞かなくなって久しい。誰がどこで使い始めたのは定かではないが、1960(昭和35)年にジャンプ傘が発売されたあたりから、盛んに会話の中に登場するようになったらしい。準備に多くの時間を使い、幾つもの行程を経て目的にたどり着くのが、かつての人々の行動だった。ところが、一つの動作で、迅速に目的にたどり着けるのが「ワンタッチ」であり、その言葉を聞けば便利に思えてしまうのだ。

 さらに時代は進んで、大抵のことが便利になり、コンピューターのキーボードをたたくことによって、指先だけでこと足りる。便利が当たり前な世の中になったのである。オーディオも、そんな流れにあらがえていない。PCやネットを使って、指先一つで音楽を聴ける時代である。消費電力を抑え、効率よく音を増幅するアンプが主流なのも事実だ。しかしである。いまだに面倒な手順を踏んで音楽を聴く人はたくさん存在する。むしろ後者をあえて選ぶ人が増えているとも聞く。

オーディオ機器には、見た目に美しいという根源的な魅力がある

 そもそもオーディオはかなり面倒くさいものだ。いい音を追求すると、実は結構手間がかかる。ワンタッチというわけにはいかない。理想郷にはトライ&エラーを何度も繰り返して初めて辿り着けるのだ。買ってきたものを台にポンと置き、スイッチを入れるだけでは、オーディオ好きは満足しない。さまざまなアクセサリーを買い足していくにつれて、「人生が」というと大げさだが、生活が潤うのがわかる。心のとげがだんだんとまあるくなっていくのを実感させてくれるのだ。

 面倒の度合いは、どういうシステムを組んでいるかにもよるが、オーディルバーナなどの音楽再生ソフトをインストールして、CDをリッピングしてライブラリーを構築するのが一般的だろう。まずPCの電源を入れソフトを立ち上げる。その日の気分に合わせて、好きなジャンルないしはアルバムを選ぶのも、悩みと楽しみの両方を堪能できる作業だ。そこまででも、7〜8タッチする必要がある。PCで音楽を聴く場合、いい音を目指すにはDACが必要だ。DACとはデジタル信号をアナログに変換する機器だが、そのスイッチを入れてボリュームを上げる。繋がっているスピーカーは、アクティブスピーカー(アンプ内蔵のスピーカー)のはずだから、それもスイッチオン。もう少し音に凝るなら、DACとスピーカーの間に、ラインアンプをかませればさらにご機嫌だが、そのスイッチも入れなくてはならない。

 そこに至る以前にUSB、スピーカーケーブルにも凝りたくなる。プロショップで話を聞いて吟味しても、実際に家で繋げて聴くと自分の思っていた音とは違う場合も少なくない。そこでまた、試行錯誤が繰り返されることになる。曲によっては、音質の調整も必要だ。ソプラノの女性ボーカルを少しだけ引っ込めたければトレブル(高音)を下げ、ベースを利かせたかったらほんの少しだけバス(低音)を上げる。落ち着いて音楽に浸れるまでにはそんなふうに数多くの「タッチ」が必要だが、結果を思えば面倒もまた楽しいのである。便利になったと言っても、気持ちいい音のためには、これだけの手間がかかるのだ。でそれが、オーディオという営みなのである。

KT150真空管を4本使った、トライオードの最新真空管アンプはダイナミックでパワフルな音が楽しめる

 いったいオーディオの肝はどこにあるのか。ある人はアンプだとい言い、他の人はスピーカーだという。いやいや、レコードプレーヤーだという輩(やから)がいれば、ケーブルなどの細かい部分が重要だと主張する人たちもいる。口が悪い御仁は、それを「オカルト」などと形容する。結論から言えば、どれも大切で、それらを積み重ねた先に自分の満足する音に出合う。

 オーディオにおけるアンプは、真空管アンプにとどめを刺す。音を増幅するために使われる部品は、真空管が原点だった。以前に比べれば性能は上がっているが、非常に扱いにくかった。スイッチを入れて聴けるようになるまで最低でも2〜3分、物によっては、5分以上待たなくてはならない。(最新の真空管アンプでも、暖機運転を推奨するメーカーも少なくない)。電気も食う、振動にも強いとは言い難い。

 それでも真空管アンプには、面倒な手間の分を差し引いても、余りある魅力を手にする(耳にする)ことが可能だ。スイッチを入れるのはワンタッチ だが、なんでも早くスピーディーにという流れにならないところがいいのである。さらにスピーカーも意外と厄介者で、セッティングが極めてデリケートだ。置く場所や床からの高さによって、音は変ガラリと変わる。一般的に、すっきりした(濁りのない)音にするには、スピーカーの下にインシュレーター(音の振動制御材)をかませなくてはならない。大きさから素材までさまざまで、ぴったりと自分の好みに調整するのは至難の業だが、少しずつ自分の理想の音に近づく作業は、たまらなく楽しい。

好きな人は、ユニットを集めて自作のスピーカーを作ったりする。まさに手間のかかることだ

 PCオーディオが主流になろうが、ネットワークオーディオがもてはやされようが、基本は昔と同じだ。言ってみれば、生きた化石のような趣味なのである。ただ一点、昔と大きく変わったところがある。オーディオ機器が非常に安価になったことだ。ユーザーにとってはありがたい。10万円以内で、いや5万円も出せば、かなりいい音に近づける。ただ、前述した通りそこに至るには、面倒な作業をコツコツ続けなくてはならない。

 「ローマは一日にして成らず」だが、オーディオも一日にして成らない。「スピーディー」や「簡単」などという言葉とは無縁だ。しかし、苦労して築き上げたシステムを前にお気に入りの音楽を聴くと、愛おしい気持ちでいっぱいになることだけは間違いないのである。

文・今村博幸 撮影・柳田隆司

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