登録有形文化財の木造建築で絶品の天丼にうなる

 明治になって、店内でも火が使えるようになった。土手の伊勢屋は、今と同じ場所で1889(明治22)年に創業した。「すぐそこに隅田川が流れていて、『吉原土手』があったので、この屋号になったんです」。天ぷらを定食のように供していたが、気が短いのが江戸っ子の特徴だ。「ご飯の上に天ぷらを乗せてタレかけてくれって言われて。だから、当店が天丼の発祥と言っても間違いないと思っています」

奇麗に整列させられた天丼用のどんぶり。
まるで何かのオブジェのように美しい 

 1923(大正12)年に起こった関東大震災で建物は全壊した。土手もなくなったが、屋号はそのまま残った。店は27(昭和2)年に再建した。45(同20)年の東京大空襲では周辺は焼き尽くされた。「東京は火の海でしたが、この場所だけ急に風向きが変わって、奇跡的に焼けませんでした。だから、元々の柱などの木材、大きな古時計も、そして窓やガラス、座敷の奥も再建当時のままなんです」。この風情を楽しみにして天丼を食べにくる客もいる。「ちょっと狭いので、建て直したい気持ちもありますが、この風情を変えたくない。当店の一つの味として残していきたいんです」

かつて店先で販売していた名残が残っていた

 天丼そのものについても若林さんは信念を持っている。「丼飯なんで、4000円も5000円もしてしまうと、違う高級料理になってしまうんです。ポケットマネーで食べられる江戸時代から始まる当店の天丼を残していきたいと心から思ってます」。味もそうだが、「信用を第一にしなさい」というのが、先祖代々の教えだ。目先の利益にとらわれずこの店を続けて、江戸前天丼を残していきなさいというのが、店の是とする教えだ。

大きな鏡に写った店内。外観の印象と違い、店内はわりとこぢんまりとしている

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