「こち亀」を歩く〜下町人情噺篇〜

あとがき

 ギャグマンガのイメージが強い「こちら葛飾区亀有公園前派出所(こち亀)」だが、意外にも泣ける作品も結構ある。中でも「浅草物語」(単行本57巻収録)は屈指の名作だ。「両さん」こと両津勘吉は、幼なじみで親友だった学校一の秀才・村瀬賢治がヤクザになり、逮捕後に連行されるところを目撃する。直後、村瀬は組を破門になった腹いせに復習しようと脱走した。それを知った両さんは昔遊んだ浅草の路地裏に向かう。そこで、村瀬と再会した両さんは言い放つ。「何がおまえを変えたか知らんが…人生を投げた時点でお前の負けだ!」。その言葉を聞いた村瀬は、自首することを決意する。今でも一番好きなエピソードである。作品の中で子供時代の両さんと村瀬がベーゴマを入れたタイムカプセルを埋めた場所(浅草寺のすぐ横にある「浅草神社」の神木「槐=えんじゅ」)に記念の碑が建っているのも感慨深い。

 両さんの少年時代が描かれた「おばけ煙突が消えた日」(同59巻収録)も涙を誘う切ないストーリーだ。けがをした担任の代わりに臨時教員として来た佐伯洋子と勘吉少年ら「三バカトリオ」のふれあいと別れを、東京・足立区千住桜木にあった「おばけ煙突」を舞台に描かれている。4本あるレンガ製のおばけ煙突は1926(大正15)年に建設された。高さは83.82㍍あり、見る場所によって1本、2本、3本にも見えた。64(昭和39)年に解体されたが、跡地には記念するモニュメントが建っている。

 「勝鬨橋ひらけ!」(同71巻収録)は、同中央区にある勝鬨橋が開いたところを見たことがないという病弱なクラスメイト・白鳥純のために勘吉少年らが奮闘する心温まる物語だ。勝鬨橋は開かなくなって五十余年がたち、現在は「開かずの橋」となっている。その他、「浅草七つ星物語」(同76巻収録)は、旅一座の座長の娘・琴音と相思相愛になるも、興行の関係で京都に引っ越すことになり、離れ離れになるという切ない初恋の話だ。荒川区南千住にあった毎日大映(大毎)オリオンズの本拠地「東京スタジアム」を舞台に描いた「光の球場!」(同82巻収録)は、勘吉少年の淡い恋が胸を締めつけられる。今はなき東京スタジアムだが、シーズンオフにはスケートリンクとして営業していたというから驚きだ。現在は、荒川総合スポーツセンターとして区民らに親しまれている。

 こち亀の連載が終了して6年だが、いまだに根強いファンも多い。単に面白いだけでなく、実在した場所を舞台に、時には夢と希望、勇気を与えてくれるのも人気の要因かもしれない。

文・撮影 SHIN