コラム其ノ拾参(特別編)
retroism〜article110〜
今年に入って半年も経っていないのに、著名人の訃報が相次ぐ。名前を聞けば誰でも知っている多くの人たちが逝去した。命には限りがあり、我々人間を含めた動物、植物にとって死は避けられない。訃報に触れるたびに、「あっ」と声をあげ、「亡くなっちゃったか……」とため息をつかずにいられない。死は避けられないが、残した言動、もっと言えば「存在」を思う時、彼らの「生」がいかにかけがえのないものだったかを思わせる。
日立グループのCMで有名になったアメリカ・ハワイ州オワフ島にある「モンキーポッド」
ごく最近でいえば、作詞・作曲家であり役者もこなした小林亜星である。この人ほど、すんなりと入ってくるメロディー作る人は稀有(けう)だった。人によって思い浮かべる曲はさまざまだろうが、当時の歌謡界に衝撃を与えたのは、都はるみが歌った「北の宿から」である。ショパンのピアノ協奏曲第1番の第一楽章のピアノ独奏部分の冒頭との類似を指摘されるなど、別の意味でも話題になった。小林は否定していて、今になってあれこれ言うこともないが、そもそも、全ての音楽はどこかで、「クラッシック音楽」と繋がっていると言っても過言ではない。(元になっていると言ってもいい)。似ているからと言って、とやかくいうのはお門違いである。筆者にとって小林亜星といえば、なんと言っても今は無き建材会社「新興産業」のコマーシャルだ。「パッ!とさいでりあ」。彼は作詞を担当したが、コマーシャル自体にも出演していた。この単純にして明快な歌詞こそ彼の真骨頂である。さらにわかりやすいのはマルハの牛丼と中華丼の曲。「マルハの牛丼・マルハの中華丼」 これを3回繰り返すだけ。こちらは作曲も担当していて、極めて単純なメロディーは、なんのとまどいもなく耳にスッと入ってくる。牛丼や中華丼を食べたくなると思わず口ずさんでしまった。この曲に関しては、本人が歌ってもいる。歌い手としても、見事としか言いようがない。もし大御所シンガーが歌ったらどうなるか。考えただけでも、寒気がする。歌の上手い下手は別にして、歌うべきは小林亜星しかいないと思うのだ。他にも日立グループの「この木なんの木」、「明治チェルシーの歌」、「積水ハウスの歌」の作曲など、数え上げればキリがない。どの歌も誰でも口ずさめるところに、彼のすごさがある。
エレキギターといえば、「ストラトキャスター」を真っ先に思い浮かべる人が多いだろう。フェンダーを代表するモデルだ