舌と心が癒される昭和薫る故郷みたいな甘味処

 まずは、今川焼き。メニューの中心は甘いもので、あんみつやみつまめなども人気だが、今川焼きは特に秀逸だ。メインで焼く娘さんの有香さんが元気よくハキハキと話し出した。「皮は、吟味した国産の小麦粉と水あめ、卵などで作ります。白身が多めの卵を使うことで、ふわっと仕上げています」。あんこも当然のように自家製だ。「北海道の小豆を上白糖で甘味をつけて炊いていきます。上白糖だから、甘味がさらっとしてますよ」。今川焼きの皮が焼ける甘い香りが店内に漂う。焼きたてを一口。思わず目が丸くなる。ふた口目には目が三日月に。気がつくと、あっという間に食べ終わってしまっている。しっかりと甘さは感じるが、口の中にいつまでも残らない。甘さがサラサラとほどけていく感じなのだ。「胃もたれをしない今川焼きです。2〜3個はペロリという人もいらっしゃいますよ」と有香さん。実際、筆者は取材時に、いっぺんに二ついただいてしまった。

ラーメン500円。油はほとんど使わない。スープに浮いているのは、肉から出てくる少量の油のみ。鮮烈な味だ

 甘味処なので、食事的なメニューは多くない。うどんとラーメンと焼きそば程度だが、そのラーメンと焼きそばがまた、驚きの味なのである。麺は自家製麺を使用する。うまい自家製麺は年季の入った機械で作られていた。「60年前から使っていた製麺機があったのですが、5年ぐらい前に壊れちゃって、新しいのに取り替えました。普通はせいぜい30年ぐらいで壊れてしまうものらしいのですが、先代が機械いじりが好きな人で、直しながら使っていたので長持ちしたようです。新しい機械を入れに来た業者が、『こんな古い機械は初めて見ました』って驚いてましたよ」

 出汁の取り方も、今となっては独特だ。「チャーシュー用の国産の豚肉を煮るだけです。野菜などは入れません」。これにも理由がある。「うちは夏、かき氷を出すんですが、暑いところで食べてほしいので冷房をつけません。窓を全開にすると風通しもいいので、それほど暑くはならないんです。そうは言っても夏なので、野菜などを使って出汁を取ると、傷みが早い。だから使うのは豚肉だけ。タレもしょうゆと塩、そしてほんの少し上白糖を入れてコクを出すんです」

厨房にたたずむ女将・智恵子さん。「あんこ屋の娘だけど、あんこがあまり好きじゃないんです。でもうちのあんこはおいしいと思いますよ」

 メンマも乾燥したものを数日かけて戻したものが乗る。昔ながらの作り方だから、昔ながらの味だと言うが、そんな言葉だけでは済まされない味だ。香りは、確かに昔を思い出させるラーメンのそれだが、あっさりとも少し違う。味がどこまでも澄み切っている。麺もきちんと小麦の味が残り、歯ごたえも良く、喉ごしも爽やかだ。最近は塩分を控えている人も世の中には少なからずいて、ラーメンのスープは残せなどと言われるが、このスープだけは例外。たとえ医者にきつく言われてもまず無理。一滴たりとも残せない。

「味は何十年と変わってません。何十年か前にうちでラーメンを食べたというお客さんがいらっしゃって、味が変わってない、懐かしいと言って、ラーメン食べながら泣いていました。店を続けてきてよかったって思いましたね」と女将の智恵子さんがうれしそうに笑った。

焼きそば350円。具はキャベツのみだが、食べた満足感は保証付き。国産青海苔(のり)を使うあたりも泣かせる

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