山谷酒場(東京・山谷)
retroism〜article46〜
かつて「ドヤ街」と呼ばれた街に、その店はたたずむ。
山谷酒場は、いろは会商店街にある。オープンは、2018(平成30)年の9月。新しい店だ。「町歩きが好きで、古い町並みがあるところを歩いてきました。この山谷地区は、古い建築が残っていて面白いと思っていました」。店主の酒井秀之さんは、古いものに触手が動いてしまうという。「いわゆる『昔の喫茶店』が好きでした。古めの喫茶店巡りをしていて、マッチを集めたりしていました」。自分でも喫茶店を始めるが、状況は厳しく、職を変えようと考えていたときに、今の物件と出合った。
キープされた山谷酒。「防腐剤などは使わず、オーガニックに作っています」と酒井さん
「どんな場所がいいのかを考えていた時に思ったのは、あらゆる町にあらゆるアイディアが出尽くしているということでした。だから、あまり人の手がついてないところでやりたいと。そして気がついたのが、昔歩いたことのあるこのいろは会商店街周辺でした。この辺りが、ぽかんと開いてるように感じたんです」
日本堤1丁目近辺には、飲み屋が少ない。特に、若者が気軽に来られる飲み屋は皆無だ。「昔の匂いがたっぷり残っている、このいろは会商店街はアーケードのある頃から好きな商店街でしたし、こちら側で何かできたらいいなと思いました」。東京の西側に住んでいた酒井さんにとって、東東京は、憧れでもあったと言う。「だから、大げさに言えば、この辺りで居酒屋ができると言うのは、私にとって夢のような話だったのです」
店名の文字は、ひげ文字で書かれている。ボトルのラベルも同じくひげ文字が。松茸のポストカードは、トイレに貼ると面白い
新しくてファッショナブルな店は、酒井さんのイメージではなかった。ちょっと昔の居酒屋を意識した。ただ「昔」だけではつまらないので、いろいろなものを融合させた店にした。その中で生まれたのが、「山谷酒」なる聞きなれない酒だったのである。「すべては、私個人の思いだけで作った店です、何かを参考にしたわけではありません」
ソファーもこだわりだ。「蒲田にかつて存在した『レディタウン』という、名キャバレーにあったものなんです。キャバレーのソファがポンと置いてあるのは面白いでしょう?」と酒井さんは納得顔だ。昔の喫茶店にもこういうソファーが置いてあった。懐かしい風景だ。
名キャバレーで使われていた椅子。廃業した店の備品を集めて売る村田商会から入手した