愛され続けて百十余年 亀の子束子よ永遠に

亀の子束子西尾商店(東京・滝野川)

retroism〜article19〜

 一昔前、台所の流し台の片隅には必ず亀の子束子があった。大きな屋敷でも、小さなアパートでも、学校の廊下にあった長い手洗い場にも。全ての洗い場に、置いてあるかぶら下げられていた。つまり、亀の子束子(たわし)は、洗浄のために用いる道具の中の主役だったのである。  発明された当初の亀の子束子。正左衛門氏の子供が、「亀みたいだね」と言った一言が名前の由来だ。形は変わらず、包装紙だけが少しづつ変わってきた

 発明者は西尾正左衛門氏。ハウスクリーニングの歴史の中で、その名前は燦(さん)然と輝いている。

  文明開化以来、日本人の暮らしは大きく変わった。洋装が浸透していくにつれて、足元もぞうりから靴へと移行する。正左衛門氏はそこに着目。シュロ(ヤシ科の常緑高木)の皮の繊維を針金で巻いた、靴拭きマットを考案した。「最初は爆発的に売れたんですが、しばらくすると、返品が続出しました。シェロは柔らかく足で踏むと繊維が寝てしまってダメになるんです」。亀の子束子西尾商店の広報・石井淑子さんが歴史を語る。

「正左衛門の家の庭には返品の山ができたそうです。ある時、正左衛門の妻が、障子の張り替えで枠を洗おうと、返品された靴ふきマットの一部を、使っていたときです。それを見て『これだ!』とひらめきます。手に持って使うぶんにはダメになってしまうことはないだろうと考えたのです」

西尾正左衛門氏の写真とともに、たわしを作る道具が残っている

 こうして、たわしが世に出る。1907(明治40)年のことだった。しかし、当初の売れ行きは芳しいものではなかったという。「『栗のイガか』と聞いてくるお客様もいました。発明品なので、どうやって使えばいいのか誰もわからなかったからです。そこで小間物屋などでは20個ほどを針金に通し、その下に短冊を吊(つ)るして目立つようにしました。短冊がひらめくたびに客が足を止め『これは何?』と聞くので、店員が使い方を客に説明していきながら、徐々に浸透していきました」

 時代が明治から大正、そして昭和になると、亀の子束子は、台所の必需品となる。人気が出たのはその大きさによるところもあった。庄左衛門氏は、たわしの大きさを、妻の手を基準にして、女性でも扱いやすいサイズにしたのである。「それ以来、素材としてパームヤシが加わるなど、少しの変化はありましたが、基本的にはサイズや製法は今でもほとんど変わっておりません。最初から完成品だったんです」

発売当初に作られた、今でいうポップ。亀の子束子をこの短冊とともに針金でぶら下げて売っていた。風で揺れるたびに、客の注目をひいた

  亀の子束子のもつ能力は他のスポンジや洗剤などの追随を許さない。ずば抜けた洗浄力が備わっているのだ。例えば、木製のまな板を洗うときなどはとても有利。まな板は包丁によって傷がつく。たわしの繊維は、その傷の間まで入り、くまなく洗浄してくれる。風呂場の湯垢などは、洗剤などほんの少量、または無くてもいいぐらいでピカピカになるのだ。「鉄の鍋の焦げを落としたり、さらにはごぼうなどの泥落としにも使えます。皮を剥(は)ぐのにも便利。柔らかいシュロ素材の『棕櫚(しゅろ)たわし極〆(きわめ)』なら、かかとやひじなどの角質落としにも最適ですよ」。まさに、洗浄の万能選手。今の時代、強力な洗剤なども売られているが、亀の子束子さえあれば、洗剤はほんの申し訳程度にあればいい。

たわしシャンデリア? ショップの天井中央にに吊るされている。亀の子束子の種類は大きさの違いで、1号、3号、4号、チビッコと4種類ある

「たわしの場合にはでこぼこしたもの、ザルとかおろしがねなどに対しては、特に威力を発揮します。繊維の一本一本がざるなら細かい穴に、おろし金なら細かい刃の隙間に入り込んで、汚れを掻(か)き出して清潔に保ちます。油汚れのついたお皿なども、最初にたわしで予洗いしたあとにスポンジで洗うと、水も洗剤も最小限で済みます」と石井さんは微笑んだ。

 ただ、たわしを備えている家庭は減っているのが現状だ。理由は、スポンジなどの新しい道具が発明され、その良さが埋もれてしまっているからに他ならない。「社会科見学で子供を招いた時、『おうちに亀の子束子あるの』と尋ねると、ないと言う児童や生徒が数人います。私どもとしては、おばあちゃんからお母さん、お母さんから娘さんや息子さんへと、伝えられるべき商品だと自負しております。頑張ってはいますが、その良さをうまく伝えられていない部分もあると思います。私どもの課題ですね」。確かに、核家族化が進んでいる現代の家庭では、受け継がれていくべきものが伝わらない。会社としては、子供たちに直接訴えるしかないのだ。「社会科見学では、たわしって『こんなに便利だよ、こういうふうに使えるよ』と伝えると同時に、たわし作り体験もしてもらっています。亀の子束子が家庭にない、というのは、本当にもったいないことだと思っているからです」

ショップでは、たわしをモチーフにした商品も販売。広報の石井さんが持っているのはたわしT-シャツ。着るのには少しの勇気がいる?

 話を聞けば聞くほど、亀の子束子の偉大さがわかる。ひとつだけ問題があるとすれば、値段だ。たわしは100円ショップでも買える。一方、亀の子束子は、普通サイズ(1号)1個が390円(税抜き)する。しかし、性能と耐久性を考えれば亀の子束子に軍配が上がる。特に耐久性はケタ違いだ。「キッチンでしばらく使った後は、お風呂場で、さらにトイレへと、使う場所を変えていけば長く使えます。やがて先がいい感じに丸くなるので、その後は家の外階段や、車のタイヤなどを洗っていただけば、さらに長くで使えますよ」と、石井さんはうなずいた。「それを考えれば、そう高いものではないと私どもは考えています」

こうして飾れば、不思議なオブジェ。オレンジの包装紙がトレードマーク。昔は紙だったが、今は、プラスチックに変わっている

 実際、亀の子束子の人気は根強い。だからこそ、100年超えのロングセラーになってるのだ。他のたわしを使ってみて、「やはり亀の子へ」、と言う人も少なくないという。「素材は天然、すべて職人の手で作られ、検品も、ひとつずつ行ってます。品質には絶対の自信があります」。それを聞いただけで、会社の誠意がわかるし、さすが老舗と納得してしまうのだ。

西洋建築の社屋が、戦火を逃れて今も
現役。近代建築ファンにも人気がある

 色や形、素材を含めると、現在たわしは50種類にも及ぶ。用途に合わせて、ぴったりのひとつを見つけて実際に使ってほしい。その、性能の高さ、洗浄力の凄さに驚くはず。家中ピカピカになる気持ち良さは格別だ。

 次世代と言わず永遠に残したい逸品。それが亀の子束子なのだ。

かめのこたわしにしおしょうてん
東京都北区滝野川6-14-8
📞03・3916・3231
営業時間:午前9時〜正午、午後1時〜午後5時
定休日:土、日、祝
https://www.kamenoko-tawashi.co.jp/
文・今村博幸 撮影・松本徹

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする