ブレない昭和な空間は客ファースト

信濃路 鶯谷店(東京・鶯谷)

retroism〜article11〜

 昭和の時代から、居酒屋に存在し続けた飲み物や食べ物がある。甲類焼酎をさまざまなフレーバードリンクで割った酎ハイ、揚げ物、やっこ、焼き魚や焼きとり等々。数え上げたらきりがないが、「信濃路 鶯谷店」には、それら全てがそろっている。大げさではなく、本当に「全て」があるのだ。

メニューは、全てを把握することができないほどの数がそろっている。それでも常連は、決まったものを食べる。それが飲兵衛の習性だ

「食べ物のメニューが何種類あるか、正確にはわかりません。200ぐらいはあるんじゃないですかね。これでもかなり絞ったんですよ」と、店長の松本秀昭さん。メニューの短冊が壁にびっしりと貼られている様は壮観。食事の楽しみは、メニュー選びから始まるが、ここでは、それがむしろ悩みになる可能性もある、と言うぐらい豊富だ。「オススメは、とよく聞かれるんですけど、これだけあると、私も選ぶのが難しいんですよ」。誤解を恐れずに言うなら、なんでもあるので、食べたいものを思い浮かべれば、それは多分ある、ということになる。しかも、どれを食べても、満遍(まんべん)なくうまいのが憎いところだ。

厚揚げカレーかけ450円。香ばしく焼かれた厚揚げとカレーの絶妙な競演。ありそうでなかった一品は、間違いなくクセになる

  あまたあるつまみの中で、あえてお勧めを挙げるとすれば、珍しいと言う意味で、「厚揚げカレー」を推したい。「うちの社長はカレー好きで、何にでもカレーをかけろというんですよ。そうは言っても、何でもかんでもとうわけにはいきません。厚揚げにカレーをかけてみたら、思いのほかうまかったので、正式なメニューとして採用されたらしいんです。これは古くからある一品です」。カレーライスのライスの代わりが厚揚げ。こんがりと焼いてあって香ばしい。ほんの少し辛めのカレーとの相性は、想像を超えたうまさだ。ビールとよく合い、リピーターも多い。

赤ウインナー揚げ280円。ウインナーソーセージの原点は赤かったことを再確認。シンプルを絵に描いたよう。だが箸と酒が止まらない

 そして、懐かしさでついつい頼んでしまうのが、「赤ウインナー揚げ」だ。ある一定の年齢以上の御仁にとって、子供の頃には必ず食べたはずの赤ウインナー。これをからりと揚げると、素朴な味の中に香ばしさとジューシーさが加わる。ケチャップと和がらしで食べれば、いやがおうにも、酒が進んでしまう。

マカロニサラダ300円。飲む酒が日本酒でも、ビールや焼酎でも、横にあってほしいつまみのひとつ。ポテトサラダとダブルで頼むのもありだ

 さらに、ぜひ試してほしいのが、マカロニサラダとポテトサラダ。どちらも居酒屋の定番中の定番だ。味も、極めてオーソドックス。安定のうまさで安心感を覚える。手作りならではの、素直な味に納得だ。

入り口を入ると左右に分かれている。向かって左へ進むとカウンター席。右へ進むとテーブル席と奥には座敷席(掘りごたつ式)だ

 信濃路のもう一つの特徴は、24時間営業であるということだ。コンビニやファミレスでさえ時短営業などといっている昨今、24時間営業の居酒屋は珍しいし、心強い。ましてや個人商店ではほぼないと言ってもいいだろう。「従業員を確保するのが大変なんですが、なんとかうまく回っています。従業員はバイトも含めてすごくよくやってくれるので、助かってます」。

    信濃路にマニュアルはない。「先輩が後輩を助けながら」が信濃路のオペレーションの基本である。つまり、いい悪いは別にしても、ありきたりの接客をされることはない。時に新人の対応に首をかしげることもあるかもしれないが、それをカバーする人間が必ずいる。マニュアルの接客にうんざりしている人でも、ここなら、ほっと癒やされたような気持ちになれる。同時に、信濃路で飲む場合には、客も大人にならなくてはいけない。大げさに言えば、人間力を鍛えられる飲み屋であるとも言えるのだ。そんな接客や味を求めて、さまざまな人が来店する。24時間開いているのだから、ありとあらゆる「人種」が来るのもうなづける。混雑時には特に、悲喜こもごもの人間ドラマが各テーブルで繰り広げられている。

「でも、そこに立ち入ることはほとんどしません。私たちの接客の基本は、変に深入りしないことです。名前とか何をしている人か、それはどうでもいいことです。ただ、いつでも便利に使ってくれたらそれでいい。あとは、私たちが一生懸命に、いい時間を提供するだけです」


 店長の松本さんが店を仕切る。「従業員が
  よくやってくれるので店が回っているんで
  すよ」と、「おかげ」の心を知っている人物だ

 考えてみると、昭和の居酒屋では、「男は黙って酒を飲む」的な人がたくさんいたし、それが美徳でもあった。もちろん友達同士でワイワイ飲んで食べるのも楽しいが、森の中に立つ一本の木のように酒を嗜(たしな)むのも悪くない。信濃路は、そんな飲み方が似合う場所でもあるような気がしてならない。見かけも内容も、昭和をほうふつとさせるが、意識しているわけではないと店内を見渡しながら、松本さんは言う。

「改装できるならしたいと思ってます。トイレも旧式ですし、使い勝手を考えれば、手を入れるべき場所はあります。ただ、今風に変えるつもりは毛頭ありませんね。やはりこの雰囲気が好きで来てくださるお客様がいらっしゃると思うし、昭和の居酒屋を続けますよ」

JR鶯谷駅北口を出て右手を見ると見えてくる信濃路の入り口。メニューの多さといい24時間営業といい、懐の深い居酒屋と言えるだろう
    話を聞いていると、松本さんが店長として、客のことを第一に考えているのがよくわかる。いかに客においしく楽しく快適に、過ごしてもらいたいかを目指している。つまり、筋が一本通っているのだ。そんな筋の通った居酒屋に集う客たちは、今宵も昭和に酔っている。

しなのじ うぐいすだにてん
東京都台東区根岸1-7-4

📞03・3875・7456
営業時間:24時間営業
定休日:年中無休

文・今村博幸 撮影・岡本央

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