思い出は自転車とともに「世界に一台」を自分で

 元々広告業界でクリエイティブディレクターとして活躍していた。やがて、商品の消費を促す仕事に、違和感を覚えるようになった髙田さんは、「華やかに見える業界の仕事が、自分にとって邪魔だ」と感じるようになった。若い頃からオートバイが好きで自分でいじりながら乗っていた。登山も趣味だったで、マウンテンバイクに興味をもつようになる。そんなときに出合ったのが、国産のヴィンテージロードバイクの専門店だった。そこには、部品のデットストックが積まれていた。バイクをいじっていたので、二輪を扱うのはお手の物である。破棄される運命のバラバラの部品を使って「絶対に捨てたくない」世界で一台の自転車を作ろうと決心した。

高田さんの子供が乗っていた自転車に天板を組み合わせた自作のテーブル。大切なメモリーだ

 店を始めてみると、髙田さんは自転車好きたちの情熱に驚かされることになる。ここでしか見られない人々の心情や姿、エピソードを目の当たりにした。デッドストックは中古品ではないが、古いものなので、いったん全部バラして油を入れたりして整備する。曇ったアルミや点錆は、客自身が研磨する。「自転車を組んでもらっているのではなく、僕と一緒に作っている『私ごと』の楽しさに変わっていき、愛着も湧きます」。その証拠に、自分だけの一台が出来上がる頃に、新オーナーがなんだか寂しそうな顔になるという。「出来上がったうれしさと、一緒に過ごした時間が終わってしまう寂しさがないまぜになっていますって言われるんです。お客さんたちはその時間を『ドリームタイム』って呼んでいます」

元々は「神戸船舶装備」の社宅だった。後にクリエーターの拠点となるスペース「せんぱく工舎」の一室で開業。中は昭和のままだったが雰囲気を崩さずに改装してある

 また、こんなこともある。納車当日に、次の客のオーダーが重なることがしばしば起こる。すると、「私の自転車に乗ってみませんか?」と必ず新オーナーが声をかけるのだ。「え? なんですかこの軽さは」などと、会話が弾む。髙田さんも加わり、新しい人間関係が次々に生まれていく。インターネットやSNS(ネット交流サービス)では築くことはできないコミュニケーションである。手巻きたばこを巻きながら髙田さんは言う。「僕は、人と人、人と自転車、あるいは自転車そのものの『メモリー』を扱っているつもりです」。まず、自転車は、人々の記憶に最も残っている人生最初の乗り物である。「誰にとっても、自分の足で歩く以外、乗り物の中で一番印象に残っているのは、自転車じゃないかと思うんです」。紙巻きたばこを吸いながら髙田さんは続ける。「みなさん、自転車に対するそれぞれのメモリーがあります。乗るのに技術が必要だから、最初に補助輪を外したときには親の力を借ります。そこに触れ合いも生まれる。『お父さん(手を)離さないで』って叫んだ記憶は誰にでもあるでしょう」

鉄格子の向こうには、ファンなら誰でも欲しくなるパーツが雑然と置かれている。見ているだけでもワクワクする

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