思い出は自転車とともに「世界に一台」を自分で

 髙田さんは、自分が扱った自転車もオーナーになる人たちのメモリーになってほしいと願っているし、実際に思い出をまとった自転車が修理に持ち込まれることも多い。「オーバーホールもそうですが、誰も直せないと言われた自転車もうちに来ます。そこまでして修理したいと思うのは、大切なお父さんやお母さんの思い出だったり、おじいちゃんとの貴重な時間だったりがあるからです。『極力直す』が僕のスタンスです」。そのために、店を1年休んで、職業訓練校に通って、アルミとステンレスと鉄の溶接技術を学んだ。それによって延命できる自転車が出てくると考えたからだ。「せっかく自分の手で作った自転車だから、大事に使おうよって思っています。『昭和のプロダクトはすごくきちんと作られているので、整備すれば一生乗れるんだぜ』って言いたいのです。新たにものを買わないという意味で、エコにもつながる要素があると思うんです」

空き缶を使った味わいのある照明。一つひとつの小物に何気なく目を奪われる。店主のセンスがうかがえる

 レトロサイクルで自転車を手に入れた客には共通する思いがある。自転車を手放さないのだ。5年前にオーダーした客は、親友に自転車を譲った。やがて、親友はある事情で、その自転車を手放さなくてはならなくなった。「普通なら捨てるか誰かにあげちゃうでしょう」。でも、その客はレトロサイクルにわざわざ持ってきた。髙田さんは「買い取りましょうか?」と聞いたが、客は首を横に振った。「この自転車がここにあれば、いい使い方を考えてくれるんじゃないかと。誰かの部品になるのでもいいし、ここにきた人の試乗車になるのもいいし、と言われたんです。うれしかったなあ」

屋外に置かれた製作中の自転車。これから新たなオーナーのかけがえのない一台になるだろう

 似たような話は枚挙にいとまがない。ママチャリを無理やりバラして、輪行バックに入れ、石川県から来た客もいた。おばあちゃんの形見の自転車だから、直してほしいと言った。「都内から自走」は日常茶飯事で、遠いところでは神奈川・横須賀から来る人も。また、高齢者の常連もいる。東京・荒川区からミニサイクルで3時間かけて訪れる74歳のおばあちゃん。近くの八柱霊園に墓参りし、帰りにレトロサイクルで「シベリヤ」を食べて帰る。その間、髙田さんは、勝手に整備をしてあげる。「そのおばあちゃんは、それぐらい自転車が好きなんです。自分の脚でこいで、自由にいろんなところに行けるからだそうです」

尾崎紀世彦の「また逢う日まで」のEPレコード。思わぬレトロアイテムに即座にシャッターを切ったカメラマン。それに呼応した編集者も迷わず採用した一枚

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