君は見たか? 伝説のジャズ喫茶ちぐさの終幕を

あとがき

 スピーカーから流れてくる音は、全てを包み込んでくれるように優しい。まるで、悲しみに暮れたとき優しく背中をなでられているような、何かがうまくいって、喜びのあまり腕を突き上げたときに、肩をポンとたたかれたような気分だ。1970(昭和45)年に吉田衛さんの意向を受けてビクター社のエンジニアであった高橋宏之さんが設計・制作したスピーカーが現役で残っている店内に一歩足を踏み入れると、この不思議な心地よさはなんだろうと思ってしまう。

 ジョン・コルトレーンはある記者会見の後、同席していた吉田さんにこう言った。「なんで日本人はジャズって言うのかってね。音楽でいいんだよ」。吉田さんは応えた「音楽は音を楽しむって書く。楽しまなきゃ音楽じゃないね」。常日頃から吉田さんが言っていた言葉である。ちぐさに関わる人たち全員に、いわゆる「吉田イズム」が浸透している。店内にもいまだに充満している気がしてならず、それが人々を心地よいと感じさせる「癒やしの空間」に導いてくれるのかもしれない。

 だが、残念なことに建物の老朽化には勝てず、取り壊しが決まった。2023(令和5)年3月には、今と同じ場所に博物館とライブハウスの機能を備えた「ジャズミュージアム・ちぐさ」として生まれ変わる予定だ。これまでちぐさは、多くのものを横浜に、人々の心に残してきた。そして、これからも残し続けるだろう。

 村上春樹の「羊をめぐる冒険(上)」のこんなセリフを思い出した。

 「歌は終わった。しかしメロディーはまだ鳴り響いている」

文・今村博幸 撮影・JUN

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