あしたのジョーを歩く

あとがき

 かつて、「スポ根」という言葉があった。「巨人の星」や「エースをねらえ!」などの、「スポーツは根性だ」といった作品群である。我々は、生きる意味を物語から学んだ。中でも「あしたのジョー」は、金字塔と言っていいだろう。

 あしたのジョーには、珠玉の言葉がたくさん出てくる。最初に主人公の矢吹丈が後のトレーナーとなる丹下段平と出会うのは玉姫公園だ。「こんなところに公園が……しゃれてるじゃねえか」と言いながら公園に入っていこうとした時、酔って寝ている団平を踏み潰す。ここから物語が始まる。さまざまな悪行を繰り返し少年院に送られたジョーが退院し、ドヤ街の全員が喝采とともに迎えて、泪橋(なみだばし)のたもとのオンボロジムで宴会が開かれた。「ジョーが人間の愛になみだを流したのは今夜が初めてのこと」だった。

 念願だったライバル・力石徹との対戦では敗れるが、その試合がきっかけとなり力石は死ぬ。悔恨の情にさいなまれるジョーが、思い悩むのも公園のベンチに座りながらである。「殺しちまったよ」とつぶやいてベンチの下に突っ伏してしまう。ボクシングを辞める決心をしたジョーに、ゴーゴーバーで再会した白木財閥の令嬢・白木葉子が、「だいぶ前に、玉姫公園で突っ伏しているあなたを見たわ…、まだ突っ伏したままなのね」とジョーに詰め寄シーンも印象的だった。

 乾物屋の紀ちゃんと、最初で最後のデートをしたのが、川(おそらく隅田川)の脇の遊歩道だ。ここで初めて、あの有名な「まっ白な灰」という言葉が出てくる。「矢吹君はさみしくないの? 同じ年ごろの青年が恋人とつれだって青春を謳歌しているというのに…」と聞かれ、「ほんのしゅんかんにせよ まぶしいほどまっかに燃えあがるんだ そしてあとには まっ白な灰だけが残る…燃えかすなんかのこりはしない…まっ白な灰だけだ」と答える。

  舞台になった山谷周辺は、ずいぶん変わり、小ぎれいなビジネスホテルやゲストハウスもたくさんできた。しかし、まだまだ面影をしのぶことができる場所は残っている。

文・今村博幸 撮影・松本徹