レトロな空間で極上のコーヒーとマジックに耽る

 作道さんは自宅を改造。れんが造りの喫茶店に骨董(こっとう)品を飾った。もともと船乗りで船にまつわるアンティークで店を飾っていた名和氏をお手本にした。当然のように、マジックも披露した。「名和さんに対する強い憧れが私にこの道を選ばせたと言っても過言ではありません。本当にいろいろなことを教えてもらいました」。当初は、勤め人だったこともあり、家族からの反対にもあった。「でも、名和さんのように、おいしいコーヒーとマジックでお客様を驚かせたいという気持ちを抑えることはできませんでした」。真顔でそう言った後、「どちらかと言えば、手品を見せたいのが先でコーヒーは後でしたけどね」と作道さんは人懐っこい笑みを浮かべた。

飾られた黒電話や古時計が
客を静かに出迎えてくれる

 その頃になると、手品にどっぷりとのめり込んでいた。魅力を尋ねると、「お客様をびっくりさせるのがたまらなく快感でした。つい見せたくなるんです。コーヒーを出すの忘れて、マジックばかりを見せてしまうなんてこともありました」。子供から大人まで、見る方としては掛け値無しに楽しいのがマジックだ。「たまに、天功さんも他のお客様を連れて顔を出してくれて、『ちょっとやれよっ』て言われて、得意になってやったこともありましたね」。ハト出しなどほとんどの芸を会得していたが、得意なのは、鉄の輪を使ったチャイナリングである。

さまざまな形のランプシェードは、時代を感じさせるレアなものばかり。こんな空間で時には物思いに耽(ふけ)るのも悪くない

 世田谷邪宗門は、降り積む時を思い起こさせる純喫茶である。れんが造りのエントランス、一歩中に入ると、アンティークや古道具が客を迎える。加えて「私は店を手伝いません。掃除ぐらいはしてあげますけどね」と言う作道さんの妻である貴久枝さんが制作した見事な七宝焼や押し花などが花を添える。作道さん家族の存在が随所に透けて見えるアットホームなところも魅力だ。コーヒーを淹(い)れるのは、作道さん本人の場合もあるし、息子さんの裕明さんやその妻の敬子さんの場合もある。「特にお嫁さんがよくやってくれるんですよ。感謝してます」と貴久枝さんが目を細める。家族が助け合って切り盛りしているのが、どうにもこうにも素敵なのだ。

門主の作道明さんと妻の貴久枝さん。心やさしい二人が、店のおだやかな空気を作り上げている