レトロな空間で極上のコーヒーとマジックに耽る

世田谷邪宗門(東京・下北沢)

retroism〜article124〜

 人生は何が起きるか、どこで転ぶかわからない。だからこそ面白い。

 閑静な住宅が建ち並ぶ一画に忽然(こつぜん)と姿を現す喫茶店「世田谷邪宗門」の門主(オーナー)・作道明さんが店を始めたのは、デパートの手品道具売り場。実演販売の前を通ったことがきっかけだった。

自家製の寒天のおいしさに驚き、蜜の代わりにかけるコーヒーとあんことアイスクリームの相性にさらに驚かされる

 当時、作道さんはごく普通のサラリーマンだった。「見た瞬間に面白そうだなって思いました。そこで実演販売をしていたのが引田天功(初代)さんでした」。何回か通っているうちに、自分でもやってみたくなり、道具を買うようになる。当然のことながら、買ったからといってすぐに上手くなれるわけではない。売り場を通る度に、やり方を教わって少しずつできるようになっていき、手品の面白さにはまり込んでいった。「だから、僕は、天功の一番弟子だ、って勝手に言ってます」と作道さんは笑う。

店のマッチがマジック用にもなっている。ひっくり返すと、「あら不思議」マークが消えるんです

 やがて、邪宗門の創業者である名和孝年氏と出会う。マジシャンでもあった彼は、ファンだった北原白秋の代表作「邪宗門」を屋号に喫茶店を開いていた。店には、マジック好きやマジシャンが集まっていた。そこで名和氏が手品を披露しているのを見ていたのが作道さんだったのである。「テレビも普及していない時代でしたから、こういう場所でしかマジックを見ることはできませんでした。コーヒー屋のはずなのに、マジックが好きな人でいっぱいでね」。足繁く通うようになった作道さんは、その度に魅了され、名和氏は憧れの対象となった。名和氏の後を追うように、喫茶店を開店しマジックを披露する人が少なからず出てきた。その一人が作道さんだった。

地域の歴史や文化を調べてパンフレットを作っている。調査にあたるのは手前に座る米澤邦頼さん