東京(神田→高輪→銀座→茅場町→江戸川橋・護国寺→蔵前・両国)
retroism〜article117〜
カトリック神田教会(東京・神田)
(上)カトリック神田教会。最初に教会ができたのは、1874(明治7)年だが、関東大震災によって焼失。現在あるのは、1928(昭和3)年に、新しい時代とルネッサンス精神を意識したロマネスク様式が採用されている(中)質素な飾りのついた門扉越しには、聖堂に寄り添うようにガス塔を模したライト(下)2階も合わせて15のステンドグラスをあしらった窓がある。1階部分の窓は、2つの正方形と4つの長方形の6つのステンドグラスによって構成されている。写真は旧約聖書に登場する預言者エゼキエルが語った新しい命を表す緑の山が描かれたものだ
高輪消防署二本榎出張所(東京・高輪)
(上)「ジャーマン・エクスプレッショニズム(ドイツ表現主義)」は、第一次世界大戦前後、世の混乱の中で生まれた。表現者の主観や内面が作品に直接反映されているのが特徴だ。そのスタイルを取り入れた消防署が、住宅街に忽然(こつぜん)と現れる様は、ある意味幻想的ですらある。鉄筋コンクリート造り(地上3階建て)。強度と美しさを併せ持つ花こう岩が1階の腰壁に使われた手のこんだ造りだ(中)3階講堂天井の中心にあるシーリングライトに向かうように配された梁(はり)が美しい(下)木製の扉は真ちゅう製のノブがついていて見るからに古い
三吉橋(東京・銀座)
(上)橋は、川を真っ直ぐ横切るのが常だが、中央区役所の前には、三方向に架かる珍しい橋がある。かつて築地川が南方向に曲がっている地点に、楓川と結ぶ水路(楓川・築地川連絡運河)が掘られ、川自体が三叉(みつまた)状になった。三叉の橋がかけられたのは関東大震災後。1929(昭和4)年の復興計画の一環だった。その頃にはまだ川が流れていて、人々の暮らしに密着していた。酒荷などの船にも情緒があったという。現在は埋め立てられて首都高速道路になっている(中)首都高速道路の上には転落防止や防音のためと思われる屋根がついているが、鉄板製のため茶色くさびていて郷愁を誘う(下)92(平成4)年から翌年にかけて、歩道に樹木を配し、昔ながらのスズラン燈をつける(電球自体はLED)など、古い風情を残す試みがされている