懐かしの玉電に合える唯一無二の私設資料館

 大塚さんが集めたものの中で大切なものが二つある。一つは、玉電の運転台。もう一つは、自作のスクラップブックだ。1969(昭和44)年に玉電がなくなると知ったのはその2〜3年前だった。「かつての大山街道、今でいう国道246号から玉電がなくなったら、どんな風景になっちゃうのかと自分で勝手に空想してみたけど、なかなか想像しできなかったんだ」大塚さんは昔を懐かしむように、穏やかな表情で続ける。「とにかく、なくなる前に写真でも撮っておこうかなと、玉電で渋谷に行き、そこから二子玉川園まで、街の風景写真を撮りながら歩いたのよ。それをスクラップブックに貼ったんだ。データや当時の新聞の切り抜きとかを添えてね。そもそも切り取って貼るのが昔から好だったのも幸いしたな」当時は、歴史館を開くなど思いもしなかった。「やっぱり一つひとつやってきたことが、身になったんだなって思うとうれしかったよ」もちろんスクラップブックも、歴史館が所蔵する貴重な資料のひとつ。訪れる客に、擦り切れるほど見せてきた。

 レコード針のケースやEP盤アダプターなどが大量にある。
これらも捨てられ
ない大塚さんならではのコレクションだ

 しゃべり続ける大塚さんが、咳(せき)き込んだ隙に、大塚さんにとって玉電とはなんなのかを質問してみた。「子供の頃、それまで見た中で玉電が一番大きな物体だったよ。姉が三軒茶屋に嫁いで、俺も同じ三軒茶屋で蕎麦屋の修業をした。玉電は常にそばにあったんだ。二子玉川に店を出したのが玉電がなくなった翌年。考えたら、玉電にはずっと縁があるんだよな」大塚さんは、歴史館の真ん中に座り、客を迎え続ける。

無数のコレクションの中から月ごとに特集を組んで展示。その告知も、歴史館の表札も手作り感てんこ盛り

 「結局、人が好きなんだろうな。ここで出会う人は、生まれも育ちも職業も違う。歴史館やってなかったら会えなかった人たち。これも、蕎麦屋をやってたおかげだと思ってますよ」と微笑みながら、「俺、今すごく幸せです」と断言した。大塚さんの目がまるで子供のように輝いていた。

 たまでんときょうどのれきしかん
東京都世田谷区玉川3-38-6
📞080・1227・6158
営業時間:正午~午後3時
定休日:月・水・金

文・今村博幸 撮影・岡本央

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