令和の若人に昭和の元気と活気、情熱を届けたい

昭和レトロ商品博物館(東京・青梅)

retroism〜article102〜

 館内に入った瞬間に伝わってくる不思議な「熱」は、まごうことなき昭和という時代が持っていたそれだ。1800年代の終わりから、1945年(昭和20)年8月15日、第二次世界大戦に負けるまで、日本は戦争に明けくれた。勝っているうちはまだ良かったが、近現代の大きなうねりの中で初めて敗戦という苦汁を飲まされた。しかし、日本人のすごさはそこから発揮されることになる。


往年の名画の巨大看板は館の奥。泥絵の具が醸す独特の色調が、今となっては新しく感じる

「暗い時代は確かにありました。でも戦後、なんとか元気をだして復興にまい進し、オリンピックを成功させ、新しい時代を作り上げていくんだという情熱が、私たちの親や祖父母たちにはあったのです」。「昭和レトロ商品博物館」の横川茂裕さんが、穏やかな表情で言う。1950年代から70年代にかけて、日本には勢いに乗る。人々は、明るい将来を信じて突き進んだ。あらゆるものがキラキラと輝き始めていた。「BGMには、植木等さんの歌をよく流すんですよ。スーダラ節は当時の大ヒット曲ですが、今聞いても元気が出る曲ですよね。来館していただいた方に、元気だった日本を感じてほしいんです」

館内にはレトロ看板、映画看板をはじめ、懐かしの昭和の日用雑貨も展示している

 インスタントラーメン、市販用レトルト食品、缶コーヒーなど誰も見たことのない、想像すらできなかった商品が次から次へと世に現れた。「高度経済成長」と「生み出される商品」とが見事にシンクロし、生産されるモノは時代の象徴となっていった。「そんな商品を包んでいたパッケージは文化そのもの。誰もが自由に好きなものを買えるようになって、需要も爆発的に増えました」。メーカーにも作り手としての情熱があふれていた。そんな昭和の特徴は、モノのないまっさらなところに、一から生み出された商品が登場したところだろう。インパクトは、現代の比ではなく、人々の心を確実に捉えていく。

未来を描いた漫画「鉄人28号」に少年たちの心は躍った

 消費者が情報を得るのは、ラジオかテレビ、新聞や雑誌だったが、特にテレビでは、見たこともない商品が連日のように、紹介されていた。「プロダクト自体が優れていたからこそ、コマーシャルにもインパクトがあった。それでなくては、消費者には受け入れられなかったでしょう」。もう一つの特徴は、多くの商品が極めて革新的だったところだ。インスタントラーメンは最たるものの一つだろう。「チキンラーメンはいい例です。お湯を入れるだけでラーメンが食べられるなんて驚きでしかありませんでしたよ」

昭和の駄菓子屋を再現しているコーナー。サクマのいちごみるくやトライデントシュガーレスガムなど郷愁を誘う商品も

 一方、消費者にとってみれば、値の張るものでも、なんとか手に入れることができるようになった。高度経済成長のおかげである。物価は上がったが、並行して給料もグングン上がった時代である。「テレビやカメラなどはサラリーマンにも手が届くようになりました。高価でしたから、皆さん大切に使います。結果、思い入れも愛着もわいてくるから簡単には捨てません。そんな状況の中で残ってきたものが、当館には展示されています」。商品と持ち主の関係が、親密であったことは想像に難くない。押し入れの奥にしまわれた、使わなくなったが捨てるには惜しい。どこかで役に立ててほしいという持ち主の思いが、ここに飾られている商品には詰まっている。

日本専売公社のキャッチフレーズは秀逸だった。
いわく「たばこは生活の句読点」。ゴールデンバ 
ットは、2019年まで現役だったロングセラーだ 

 同博物館の開館は99(平成11)年。「昭和」において我々が日常的に消費していた商品(菓子・飲料、雑貨、文具、薬など)の包装にスポットを当てて展示している。パッケージは、品物を思い描かせ購買意欲を想起する重要な「アイコン」である。「この切り口は、日本では最初の試みだと自負しています。メーカーに保存されているものも少ない。それらを見られるのが、当館の存在意義だとと考えてます」


瓶詰め売られていた牛乳や乳酸飲料の紙の蓋(ふた)。よくぞ残してくださいました

 青梅駅から徒歩5分ほどのこのあたりには、もともと商店が軒を連ねていた。店主たちが集まって作り上げたこの博物館もかつて存在していた家具屋の建物をほぼそのまま使っている。展示物は、近所の家にあったモノを持ち寄ったり、昭和B級文化研究者の串間努氏のコレクションなどから拝借した約7000点を陳列する。倉庫には、まだ並べきらない商品パッケージがあると横川さんは言った。

沢田研二と映画看板に描かれた「千両獅子」の市川右太衛門が並んでいるのが面白い。もちろん両者とも昭和の大スターだ

 また、青梅駅周辺は映画館が並ぶ街でもあった。その雰囲気を復活させようと、94(平成6)年に往年の名画の看板が街のいたるところに飾られた。描いたのは、最後の看板絵師と言われた故久保板観(本名・昇)氏である。昔と同じく泥絵の具を使用。そのうちのいくつかが、館内に飾られている。「映画の看板は、上映されている短い期間だけ掲げられるもので、長く置いておくものではありませんから、雨風にさらされてすぐにだめになります。だから、私どもは、本物の絵師が描いた貴重な資料として、当館に保存しているのです」

各家庭に必ずあった大型のマッチ箱。お父さん
にとってはたばこのお供、お母さんたちは、主
に台所でガスコンロに火をつけるのに用いた 

 映画看板が並ぶ街として、横川さんの父親であり館長の秀利さんが中心になり、町を盛り上げようと企画した施設の一つが、この博物館だったというわけだ。「『昭和レトロ』という言い回しは、父が元祖だと言われています。それから青梅は、レトロな町として皆さんに認知されるようになりました」。以前は比較的、年配の客が懐かしさを求めて訪れることが多かったが、最近は若者の割合も増えていると、横川さんはうれしそうだ。「年配の人はもちろんですが、若い人たちに、昭和の元気を届けるのが僕らの仕事だと思っています」

歴史的建造物に指定されている元家具屋の建物をほぼそのままの状態で使用。館内へ足を踏み入れると、昭和の熱に襲われる

 彼らに何かを感じ取ってもらいたい。さらにそこから、新たな何かを生み出すきっかけになってほしいと切に願うのである。

しょうわれとろしょうひんはくぶつかん
東京都青梅市住江町65
📞0428-20-0234
開館時間:午前10時〜午後5時
休館日:新型コロナ感染拡大防止のため当面は月〜木曜(祝日の場合は開館)
入館料:大人300円、小・中学生200円、団体(10人以上)大人300円、小・中学生150円
https://twitter.com/gentokan

文・今村博幸 撮影・JUN

 

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする