古き良き居酒屋の片隅で ビールの泡に消えた涙

コラム其の拾(特別編)

retroism〜article81〜

 かつて居酒屋で必ず目にしたものがある。角ばった木製、または座面の丸いパイプ椅子。カウンター越しには忙しく働く料理人の姿があった。そして忘れてならないのが温かな人情だ。本来居酒屋が持っていなければならない最も大切な要素である。小さな居酒屋では、こわもてだが話すと優しい店主がいて、それを支える笑顔の女将(おかみ)さんがいた。時に仕事の愚痴をこぼし、時には叱られ、またある時には励まされた。恋に破れたとき、慰めてくれたのも酒とうまい料理、そして女将さんだった。そんなコミュニティーが、押し付けがましくなく存在していた。

ポテトサラダ、肉じゃがなどの王道料理が並ぶ=信濃路 鶯谷店で

 大箱になると、少し事情が違う。どちらかと言えば、放っておいてくれる店も多かった。数人で訪れれば仲間内の飲み会然となり、一人なら、森の中の立つ一本の木のように、誰に気兼ねすることなく飲めた。そんな居酒屋は、来る人を選ばない懐の深さがあった。東京・鶯谷にある24時間営業の「信濃路 鶯谷店」の店長・松本秀昭さんは、いみじくも言った。「24時間やってるからだと思いますが、ありとあらゆる人が来店されます。付かず離れずというのが当店のスタンス。お客様もそんなところが気に入ってくれてると自負しています」

 昔ながらの居酒屋の特徴として、メニューの数が膨大だったことも挙げられる。例えば、信濃路の壁には、料理名が書かれた数多の短冊が壁一面に貼られている。200はあると松本さんが言う短冊は、それ自体が壁を飾るポスターのようだ。種類に至ってはとても書ききれない。冷やっこや鶏の唐揚げ、刺身などはもちろん、スパゲティやラーメン、チャーハン、定食までそろっているのだ。

低カロリー、プリン体ゼロなど健康志向が
追い風となり人気が復活したホッピーのち
 ょうちん。今や居酒屋の定番メニューだ  

 居酒屋には定番のメニューがある。逆にいうとこれらがないとちょっとがっかりという料理だ。例えば、ポテトサラダ。きゅうりとハムは必須の具材。マヨネーズたっぷりが基本だ。グリーンピースや細かく刻んだニンジンが入れば彩りもよくなる。酸味や甘みは、作る人のさじ加減。店によって少しずつ味が違うのが楽しい。外せないのが煮込みだろう。「店の味」の特徴が出るメニューだ。中に入るメインはモツだったり鶏皮だったり、牛すじだったり。味付けもしょうゆ、味みそ、塩味など。基本的には、大きな鍋にグツグツと煮えているのが昔ながらのスタイルで、すぐに出てくるのもありがたい。好みの飲み物を頼み、お通しと煮込みで飲み始めてから、やおら料理を決めればいい。不思議なのは、煮込みを食べるとどこからともなく懐かしい気持ちが押し寄せてくることだ。冬はもちろん、夏でも絶対に頼みたい一品である。もう一つ、卵焼きもあればなおよろしい。砂糖多めで甘めもあれば、出汁をきかせたりとさまざまだ。

 王道ではないが、赤いウインナーで作ったタコのハッチャン、地味めなところでは、ハムカツなどがラインアップに並んでいると、心はいやが応にも昭和へと戻される。置いてあるソースをドバドバかけて頬張るのが正道だ。昔の居酒屋では、食べ物の味がたいてい濃かった。当時は上品な味付けで酒を飲むなんて発想自体がなかったのだ。でもそれこそが、昭和の味の原点だったのである。

「信濃路 鶯谷店」の店内。木製のテーブル、角ばった椅子、短冊(メニュー)が郷愁を誘う

 50歳以上のご仁にとって、懐かしさを覚えるのは、村さ来、天狗、養老の滝、つぼ八など当時勃興してきたチェーンの居酒屋だろう。「村さ来」は、色付きのシロップで甲類焼酎を割ったチューハイを次々に登場させ、若者や女性を中心に人気を博した。田舎風というか古民家風の郷愁を誘う内観も独自の世界観を構築していた。靴を脱いで上がり、掘りごたつ式のテーブルに案内させる「番屋」もファンは多かった。小さな店で、カウンターと小上がりという形態は定番ではあったが、「店で靴を脱ぐ」という寛ぎのスタイルを、ある程度の大きさのある居酒屋が提供したのは画期的だった。しかも、銭湯のような、木札が鍵の下駄箱には、番号を選ぶ楽しさすらあった。料理は全体的に濃い味付け、中でも鶏の唐揚げは、普通以上に塩が効いていたと記憶している。

 チェーンの居酒屋の最大のウリは、安いことだった。学生時代や社会人になりたての頃、大抵の人が貧乏だったが、そんな若者の強い味方だった。現在、かなり薄れてしまっているが、酒場で友達とコミュニケーションをとりたいと願う若者は少なくなかった。しかし先立つものがなければできない。それを可能にしてくれたのがこれらの存在だったのである。

 もろもろの事情で店にいけず、何年かご無沙汰し、しばらくぶりに行ってみるとちゃんと昔ののれんがかかっている。そんな店を、我々は好む。生まれては消えていく、泡沫(うたかた)のごとき最近の店の対極にある居酒屋を、我々は愛してやまない。

 店を張っていれば、いろいろなことが起こることは想像に難くない。言わずものがなではあるが、今年のコロナ禍のように、なんかの加減で、危機に瀕することもあるだろう。そんな難局を力強く乗り越えて今も残っている居酒屋に、我々は敬意を払わざるを得ない。

 昔も今も心の底から落ち着いて酒をたしなめる到達点の一つが居酒屋だ。それが、昭和の面影を残していればさらに喜ばしい。

文・今村博幸 撮影・岡本央、SHIN

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