古き良き居酒屋の片隅で ビールの泡に消えた涙

 居酒屋には定番のメニューがある。逆にいうとこれらがないとちょっとがっかりという料理だ。例えば、ポテトサラダ。きゅうりとハムは必須の具材。マヨネーズたっぷりが基本だ。グリーンピースや細かく刻んだニンジンが入れば彩りもよくなる。酸味や甘みは、作る人のさじ加減。店によって少しずつ味が違うのが楽しい。外せないのが煮込みだろう。「店の味」の特徴が出るメニューだ。中に入るメインはモツだったり鶏皮だったり、牛すじだったり。味付けもしょうゆ、味みそ、塩味など。基本的には、大きな鍋にグツグツと煮えているのが昔ながらのスタイルで、すぐに出てくるのもありがたい。好みの飲み物を頼み、お通しと煮込みで飲み始めてから、やおら料理を決めればいい。不思議なのは、煮込みを食べるとどこからともなく懐かしい気持ちが押し寄せてくることだ。冬はもちろん、夏でも絶対に頼みたい一品である。もう一つ、卵焼きもあればなおよろしい。砂糖多めで甘めもあれば、出汁をきかせたりとさまざまだ。

 王道ではないが、赤いウインナーで作ったタコのハッチャン、地味めなところでは、ハムカツなどがラインアップに並んでいると、心はいやが応にも昭和へと戻される。置いてあるソースをドバドバかけて頬張るのが正道だ。昔の居酒屋では、食べ物の味がたいてい濃かった。当時は上品な味付けで酒を飲むなんて発想自体がなかったのだ。でもそれこそが、昭和の味の原点だったのである。

「信濃路 鶯谷店」の店内。木製のテーブル、角ばった椅子、短冊(メニュー)が郷愁を誘う

 50歳以上のご仁にとって、懐かしさを覚えるのは、村さ来、天狗、養老の滝、つぼ八など当時勃興してきたチェーンの居酒屋だろう。「村さ来」は、色付きのシロップで甲類焼酎を割ったチューハイを次々に登場させ、若者や女性を中心に人気を博した。田舎風というか古民家風の郷愁を誘う内観も独自の世界観を構築していた。靴を脱いで上がり、掘りごたつ式のテーブルに案内させる「番屋」もファンは多かった。小さな店で、カウンターと小上がりという形態は定番ではあったが、「店で靴を脱ぐ」という寛ぎのスタイルを、ある程度の大きさのある居酒屋が提供したのは画期的だった。しかも、銭湯のような、木札が鍵の下駄箱には、番号を選ぶ楽しさすらあった。料理は全体的に濃い味付け、中でも鶏の唐揚げは、普通以上に塩が効いていたと記憶している。

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