「古いが新しい」カメラと写真の情報発信基地
人から人へ。カメラは歳月を超えて受け継がれていく。一台のカメラには所有者がいて、彼または彼女が使った事実は、(人知れずだったとしても)歴史の小さな1㌻として刻まれていく。もし所有者が手放したとしても、かつての愛機として、心の片隅にとどまることになるだろう。小さな機械から限りないストーリーが広がっていく場合だってある。カメラは、ただの道具ではない。今も昔もエスプリを全身に秘めていた。
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人から人へ。カメラは歳月を超えて受け継がれていく。一台のカメラには所有者がいて、彼または彼女が使った事実は、(人知れずだったとしても)歴史の小さな1㌻として刻まれていく。もし所有者が手放したとしても、かつての愛機として、心の片隅にとどまることになるだろう。小さな機械から限りないストーリーが広がっていく場合だってある。カメラは、ただの道具ではない。今も昔もエスプリを全身に秘めていた。
幼少の頃の記憶は、はっきりと覚えていなくとも、心のどこかに残っているものだ。大人になってひょっこりと顔を出した時、ほんのりと湧き上がるのは、温かな気持ちだ。遊園地の思い出もその一つである。脳裏に浮かぶのは楽しかったことばかりだ。
全国どこの街を歩いていても、景色がさほどかわらない今の日本。同じような建物、全国展開している大型店舗や飲食チェーン、コンビニなど、その街「らしさ」が消えていくのは寂しい。東京でも同じことは起こっている。しかしである。たまたま見かけた建築物に、思わず足を止めてしまうこともまだまだある。昭和に建てられた建造物が現役で頑張っているのだ。
小さな2階建てアパート。トイレと台所は共同。当然のように風呂はナシ。そんな、質素な場所から、戦後にマンガの胎動が始まり大きな文化のうねりへと発展していく。トキワ荘をめぐるドラマは手塚治虫が住んでいた2階の14号室、階段を上がってすぐ左側の部屋から始まった。
50年ぐらい前は、夏も今とは違っていた。 例えば匂い。住宅街でも商店街でも、どこからともなく蚊取り線香の匂いが漂い、盛夏の訪れを告げていた。それでも子供たちの腕には、刺された跡が一つか二つはあった。煙をすり抜けた蚊の仕業に違いない。
古(いにしえ)を疎かにしない思想をもち、1954(昭和29)年の創業以来、高き誇りを掲げ続ける。東京・お茶の水にある「山の上ホテル」はそんなホテルだ。建物の前に立っただけで伝わってくる圧倒的な存在感は、ロビーを通りレストラン、カフェ、そして客室に向かうごとに、心地良さとなって客に降り注ぐ。
自分の感性を「色」で紡ぎ出していくぬり絵は、素朴な子供の遊びである。昭和20〜30年代に大流行した。