時をかける昭和の名曲カバーにココロ弾ませ!
「今春が来て君はきれいになった」 誰もが認める名曲「なごり雪」のサビのフレーズだ。別れ際の刹那(せつな)、去っていく恋人の表情とともに、彼女の存在の大きさに改めて気付かされた主人公の心情がよく表われている。
visiting old, learn new
「今春が来て君はきれいになった」 誰もが認める名曲「なごり雪」のサビのフレーズだ。別れ際の刹那(せつな)、去っていく恋人の表情とともに、彼女の存在の大きさに改めて気付かされた主人公の心情がよく表われている。
あらゆるモノが時代とともに変わっていく。その幅はさまざまだが、写真・カメラ技術においては文字通り劇的だった。
自社製品に自信と誇りを持つことは、ごく当たり前なはずだ。しかし、現代のモノづくりの現場では、必ずしも当然ではないように思えてならない。街には、プライドを感じない商品が氾濫(はんらん)している気がする。
日本という国が内包する歴史や風俗、文化のみならず、絵画、建築、付随する産業まで、銭湯には多岐にわたる「意義」が存在している。それらを時間軸に沿って体系的に見られるれる特別展「ぬくもりと希望の空間〜大銭湯展」が「江戸東京たてもの園」(東京都小平市)で開催されている。
もはや、「人の情」は遠い日の幻になりつつある。日々の食料を調達する大手スーパーマーケットしかり、日用雑貨を売る深夜まで営業している巨大ディスカウントショップや家電量販店も同様だ。普段我々が買い物で訪れるのは、他の店より安価という理由のみで、人情に触れるなどという機会はほぼなくなった。いくら大きなスーパーマーケットができようとも、魅力的な個人商店が並ぶ商店街が廃(すた)れない理由の一つはそこにある。
新宿はあらゆる文化の発信基地だ。「新宿歴史博物館」を回覧すると、それが今に始まったことではないことがよくわかる。館内では興味深い資料を基に見応えのあるジオラマやレプリカを通して、その歴史を見るものに語りかける。
まるで、心を踊らせる遊園地のアトラクションへと誘うエントランスように、ポッカリと口を開けていた。埼京線十条駅北口。芝生を敷き詰めたロータリーの向こう側にある十条銀座は、新旧入り乱れた各種店舗が並ぶ、商店街フリーク(そんな人がいるかどうかは定かではないが)にはたまらないアーケード街である。