あの頃、恋い焦がれた昭和の名車に思い巡らせ

コラム其ノ拾肆(特別編)

retroism〜article129〜

 国産車が最も輝いていた時代、それは1960〜70年代ではないだろうか。

 日本が世界に誇るスーパーカー、その頂点に君臨するのが2000GTだろう。トヨタとヤマハが技術の粋(すい)を結集して共同開発した。67〜70年にかけて製造され、生産台数はわずか337台。当時の価格は238万円で、現代に置き換えると2000万円に相当するという。クラウンなら2台分、カローラが6台買えたと言われている。資産家や芸能人、もしくはよっぽどのカーマニアでもない限り、オーナーになろうとはまず思わないだろう。映画「007は二度死ぬ」のボンドカーとしても有名だ。最高速度は220km/hを誇った。横浜にあるヴィンテージカー専門店「Vintage Car Yoshino」の代表取締役・芳野正明さんは言う。「私が最初に2000GTの新車を買ったのは、トヨタの営業マンをしている時でした。給料が2万円ほどでしたが、これは絶対に手に入れなきゃダメだって信じていたからです。親からなんとか借金してね」

 子供の頃、自転車で10分くらいのところに2000GTを所有している家があったのを思い出した。折しもスーパーカーブームの真っ只中で、最初に見つけた時にはえらく興奮したことを覚えている。お世辞にも豪邸とは程遠い外観だったが、クルマはいつもピカピカだった。以後、何度も通い写真を撮りまくった。当時はフェラーリやランボルギーニなどの外車が人気で、国産車はほとんど見向きもされなかったが、2000GTだけは例外だった。BMWやベンツですら、フェラーリやランボルギーニ、ポルシェに比べれば、人気はいまひとつだったのに、2000GTがもてはやされたのは独特な流線型の美しいスタイリングと希少性に他ならないだろう。海外のオークションでは、一時期1億円を超える価格で落札されていたこともあった。前期型と後期型があり、大きな特徴はフロントのフォグランプが大きいものが前期、グリルと一体化したのが後期型だ。個人的にはすっきりとした印象の後期型が好みだが、より2000GTらしいのは前期型かもしれない。クルマ好きで知られ後期型を所有する俳優の唐沢寿明は、20年以上前に日本全国を探し回りようやく手に入れたという。今でも「一番好きなクルマ」と明言している。

後期型の2000GT。惚れ惚れ(ほれぼれ)するような美しいスタイルだ 

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