レトロ散歩其ノ拾壱

あとがき

 街には顔がいくつもある。横浜も例外ではない。横浜みなとみらい21や元町に代表されるおしゃれな街のイメージをもつ人も多いと思われるが、少しくすんだような、セピア色が似合う昭和の香りはいまだに消えてはいない。むしろそちらのほうがメインである。そんな情景を見事に捉えている歌がある。大御所、五木ひろしが1971(昭和46)年に歌った「よこはまたそがれ」だ。ほぼ単語だけで構成された歌詞は極めて秀逸で、横浜という街の本質をよく表現していると、改めて思わされるのだ。

 まず第一に、すてきなのは、1番の歌詞の中盤「ブルース、口笛、女の涙♪」の三つのキーワードだ。横浜は、日本におけるバーの発祥の地である。何十年もの時を刻んだ老舗のカウンターを包む音楽はさまざまだが、ジャズとブルースが比較的多い。シブいブルースを背に飲むウイスキーは、最大の醍醐味(だいごみ)である。「口笛」で街を切り取った作詞家の山口洋子氏の眼力には舌を巻く。おそらく彼女は、マドロス(水夫や船乗り)なんかを意識していたのかもしれない。しかし実際に歩いている、または自転車を漕いでいるおじさん(あくまでおじさん、若者は少ない)の中には、口笛を吹いている人も少なくない。独断ではあるが、少なくとも、他の街よりは多いと思う。

 さらに2番の歌詞は、サビの前まで、もともと戦後の闇市から始まったとされる野毛の飲み屋街をほうふつとさせる。「裏町 スナック 酔えないお酒 ゆきずり うそつき 流しのギター♪」。今の野毛は、商店街店主たちの努力で、若物たちにも人気の小奇麗な飲み屋街に変ぼうした。しかし一昔前は、まさにこの歌詞のような場所だった。ゆきずりの恋が至るところで見られたし、そのうわさはどこの店でも聞かれた。「どこぞの誰々が、誰々と『兄弟』」などという話が流れることがあったが、ことさらそれを問題視する無粋な人間は飲んでいなかったし、自慢話にするやぼなやからもいなかった。つまり、良くも悪くも酔客が全員大人だったのだ。うそつきもうじゃうじゃいた。特に、武勇伝的な話は、ほとんどがうそだったが、酒のさかなとして聞くぶんには、十分楽しかった。ギター一本で、客の要望に応える流しもいたと聞く。彼らの爪弾くギターや歌声が、のんべえの心を癒やし、勇気づけ、励ましていたに違いない。

 もう一つ野毛の自慢は、約600件とも言われる飲み屋の中に、大手チェーン店がほとんどないことだ。創業40、50年という居酒屋や焼き鳥屋が当たり前のように点在している。個人店は、人間味や人情味にあふれていた。横浜気質といえばそれまでだが、どこの店を訪れても店のおやじやおかみとすぐに仲良くなれる。かつてあった人同士の付き合いが息づいているのだ。

 川を上流に向かって上れば、ちょいと怖い福富町で、韓国料理店街や風俗街もいまだ元気。時代に取り残された理容室や老舗の甘納豆屋なども健在だ。 

 大岡川沿いから野毛、伊勢佐木町周辺には、拭いきれない過去の息吹が脈々と生き続けている。

文・今村博幸 撮影・JUN

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