レトロ散歩 其ノ伍

あとがき

 路地裏は、大通りとは世界が別だ。角を曲がった瞬間に空気は一変し、垣間見えるのは、そこに住む人たちの暮らしである。路地裏を曲がる手前、大通りの商店街にあるのは、日常を埋めるパーツだ。

 本来あるべきモノが、あるべき姿で、あるべき場所にある。米は米屋で、魚は鮮魚店で、野菜は八百屋で買う。そんな当たり前だったはずの買い物の形は、大型スーパーやコンビニなどの台頭で、すっかり様変わりした。谷根千エリアを歩いてうれしいのは、建物も含めてかつての商店が姿を変えずに残っているところだ。戦争で焼けなかったのも幸いした。夕焼けだんだんから、よみせ通りにかけて並ぶ「古き店」が、この地域の主役だ。

 谷根千は、猫の町でもある。そもそも路地には猫が多いと思われているし実際にその通りだ。そんな俗説を差し引いても、谷根千の路地裏こそが猫の住処(すみか)、と言っても過言ではない。それを決定付けたのは、かの夏目漱石である。イギリスから日本に戻った漱石は、本郷区駒込千駄木町57番地に住んだ。この古い家が「猫の家」と呼ばれるようになったのは、処女作「吾輩は猫である」がここで生まれたからに他ならない。

 商店街や街中を歩いて目に飛び込んでくる景色は、小売店に加え、お地蔵さんや小さな祠(ほこら)。さらに小憎らしいのは、ところどころにさりげなく置かれた木製の縁台だ。これからの季節、風流をさりげなく演出することになる。買い物の途中なのか、仲の良さそうな老夫婦が座り、ペットボトルのお茶を飲んでいた。ぴったりとくっついていたが、言葉は交さない。夕食の買い物に二人で出かけた帰り道、ひと休みしているらしく、これから家へ戻るといったところか。部屋に着いたら、おじいさんは妻の作る料理の音や匂いを感じながら、テレビでも見ながら夕食を待つ姿が想像できる。谷根千では、人として最も基本的で温かで大切な、かつ素朴な事柄がとても似合うのだ。

 帰り際、一つの路地へと入ってみる。三輪車と補助付き自転車で子供が遊び、おばあちゃんが優しいまなざしで孫たちを見守っていた。見上げると、民家のベランダに干してある洗濯物が7月の湿った風にはためき、気持ちよさそうに揺れていた。

文・今村博幸 撮影・SHIN

※新型コロナウイルス感染拡大で、現在取材を自粛しております。当面、特別編や路地裏を歩くを配信する予定です。ご了承ください。

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