「昭和100年」に当たり

敗戦から奇跡の復興、東京五輪、大阪万博へ

 翻って、第二次世界大戦の敗北は、日本人を暗い闇の中に突き落とした。だからこそ、日本人は平和を求めたし、世界に負けない都市作りへと情熱を燃やすようになったとも言えるのではないか。日本人の根気強さと創意工夫、元来備わっていたポテンシャルなど「大和魂」は生きていた。それは特に「高度経済成長期」において、顕著になった。

 「3C」と総称されたカラーテレビ、クーラー、カー(自動車)が急速に普及。加えて、冷蔵庫、洗濯機は、主婦(女性)たちのライフスタイルにまで影響を与えた。洗濯機は、主婦の手を冷たい水から守り、冷蔵庫は、保存の概念を180度変えた。数日分の食材をまとめて買えるようになり、日課であった買い物も毎日する必要がなくたった。その分時間ができたことで、女性の社会進出が後押しされる結果にもなった。

 街全体にエネルギッシュな空気が流れ始めたのもその頃だった。世界と肩を並べたいという貪欲で強い気持ちに突き動かされていた国民の行動の中から見てとれた。64(同39)年に東京で開催されたオリンピックに向けたホテルニューオータニの建設は、その後の高層ビルラッシュの先駆けにもなり、デベロッパーたちは争うようにして、高層ビルの建設にいそしんだ。新幹線開業や首都高速道路、東京モノレールなどのインフラも整備された。大阪万博覧も外せないイベントになる。各パビリオンには、世界中の文化や技術の粋を尽くした展示がなされた。目玉はなんといっても、アメリカ館の「月の石」で、交流が地球上だけでなく神秘的な空の彼方にまで広がり、同万博は大いに盛り上がった。 

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