当時、行雄の家はお化け屋敷のようだったという。自身も「破屋」と表現しているほどだ。「そんな日本家屋で洋風の暮らしはできないでしょう。言葉も食事も全部洋風に改められた。この洋館に住むことで、生活が変わったことは十分に考えられることです」。ただその辺りの記録も全く残っておらず、笹生さんたちの想像の域を出ない。
プッシュ式の電灯のスイッチ。取材で訪れたフランス人も「これおばあちゃんの家にあった」と喜んでいたという
「普通に『住むための家』として使っていた名残があちこちに残っているっていうのもテオドラ邸の魅力です」。笹生さんはほほ笑む。「まず建物がすてきです。昔の大工さんたちによって丁寧に作られた住宅がこんなにしっかりと残ってるんだから壊したらもったいない。天井高3㍍の家なんてもう作れない。あんな美しく頑丈に作られた階段も今では無理だし、 それをまだ使えるのにもったいないという気持ちです。ぜひ残してほしい。私は横浜で生まれましたが、北海道・小樽生まれの山下さんも私と同じ感覚を持っています。2人とも洋館マニアなんです」。確かに横浜も小樽もかつては数多くの洋館があった場所だ。
椅子は明治初期から変わらぬ形で作り続ける老舗家具屋にオーダーした
しかし、少なからず古くなったものは壊されていく。「そういうショックを山下さん自身も抱えていたんですね」。笹生さんが続ける。「私も子供の頃は、山手の丘を歩いているだけですてきだなと思っていました。住宅としての洋館に憧れていました」
キッチンにつながる食堂。今は喫茶室として使われている
笹生さんに改めてテオドラ邸の魅力を尋ねてみた。「やっぱり生活感を感じられるところですね。生活自体も今の時代とは全然違う。長いドレスを着て、 キッチンの小窓からダイニングへと料理を出してもらって、 今の日本人がそういう生活をしているとはとても思ませんよね」。そう言って、笹生さんは一息ついた。「今、失われてしまった生活がここにあったんと思うだけで夢があります。テオドラ邸にいるとそういう日々があったんだなというのを思い浮かべることができるのがとても愛おしいんです」
キッチンとダイニングをつなぐガラスの窓。ここから湯気を立てた洋食が供されたと思われる。ここだけでなく、ドアやガラスを囲う木製の枠には装飾が施されている
「建物もきれいだし、今見ると面白いですよね。確かに日本家屋に見慣れているので、洋館を見ると、なんか心が浮き立つ感じがしますよね」。笹生さんが、古い窓を見つめながら感慨深げに続ける。「日本人が作ったというところがまたいいんです。これも想像ですが、日本に来ていたイギリス人に教わりながら、一生懸命、丁寧に作ったのかもしれないと思うとなんだか泣けてきます」。笹生さんは、それが壊されることに対して胸が痛むという。「壊してしまったら何もなくなってしまいます。こういうふうに作ったんだなということも、何もかもなくなってしまいます。残存する部分だけでも十分に注意を払って残したいと思っています」。笹生さんはもう一度部屋を見渡すと続けた。「大工の心の中にある矜持(きょうじ)のようなものが建物にちゃんと残っているんです。価値のあるいいものだから残したいんですよ」
階段の手すりは長い。長い間に形が変化し、
S字を描いている。波を打っているところも美しい
笹生さんと山下さんは、22(令和4年)、「一般社団法人旧尾崎邸保存プロジェクト」を設立。テオドラ邸を100年先まで残していくことを目指している。長い改修期間が終わり24(同6)年3月に喫茶・ギャラリーを併設する空間として生まれ変わった。漫画家が中心になって運営されてるのには、いくつかの理由がある。漫画の背景として、洋館も一つのアイテムとなりうるので、多くの漫画家にシンパシーがあったこと。社団法人理事の一員となってくれた漫画家・三田紀房さんが知り合いの漫画家に声をかけ、賛同してもらうよう働きかけた。さらに、山下さんと笹生さんがともに、元々洋館が好きだったことなどがある。「少女漫画家は洋館が好きなんですよ」と言って優しく笑った。
錆(さ)びついてしまったベル。今となっては用途は不明。
給仕を呼ぶときに使われたのだろうか
島国である日本中に残っている洋館は、歴史の中に組み込まれた、海外との繋がりを示す確かな痕跡だ。忘れてはならない日本の文化でもある。
きゅうおざきておどらてい
東京都世田谷区豪徳寺2−30−16
📞:03−6413−5413
営業時間: 午前10時〜午後6時(最終入館17時半)
休館日:木曜(その他展示入れ替え休館あり)
入館料:事前オンライン販売 1000円〜、当日券 1500円(詳しくはHPをご参照ください)
https://ozakitheodora.com/
文・今村博幸 撮影・JUN