計算の道具から文化へ 昭和を支えたそろばんの力

 負けなかった理由は、そろばんが優秀な道具だったからに他ならない。さらに、脳にいい刺激を与えるという利点もあったと思われる。その科学的根拠は、40〜50年前からあらゆる角度で研究された。

 「脳科学者が行ったのは、そろばんの有段者を集めて彼らの脳波を調べるというものでした。計算しているとき、脳のどの部分がどう動いているのかをね。計算は普通、左脳を使うと言われていますが、そろばんを使う計算では、脳の左右がバランスよく働いていることがわかったんです。そろばんを指で弾くことは脳にいいんだ、となったんです」

江戸時代の和算家・吉田光由が著した「塵劫記(じんこうき)」。貴重な原本だ

 さらに、木や竹といった有機物の材料で作られていることも関係していると谷さんは力説する。「現代人の多くは、パソコンやタブレットを使っていて、世代によっては小学生からそれらに触れています。そろばんはその対極に位置しますよね」

 ここ数十年、世の中はどんどん無機質になっていて、物も心も全てが「つるり」としている感じがしてならない。そんな時代だからこそ、有機的な物を忘れたくないと切に願うのだ。

手で触れ、指で弾くことが大前提のそろばんは視覚障害者にも優しい。彼ら向けに作られたものも

 そろばんに深く思いを巡らせ、良さを知っていくと今度はその凄さがわかってくると谷さんは目を細める。「これは残していくべきだし、子供たちに伝えていきたいと心の底から思っています」

 算数の授業では、数字、偶数や奇数、素数、そして最大公約数や最小公倍数も勉強する。それら全部がそろばんでも計算可能という事実を、多くの人に知ってほしい、と谷さんは強調した。「算数とそろばんと暮らし、それぞれは密着しているべきなんです。ある数が何で割れるかを知ることはとても大切だから。だって、目の前のケーキを今ここにいる友達5人で分けたら、自分が食べられる分はどのくらいかって、直ぐに知りたいのが子供の偽らざる本音でしょ?」

そろばん付き舟箪笥(たんす)。最上部に墨・硯(すずり)・筆が入り、下部の引き出しには書類を格納できる。船中での取引で海難事故が起きても、重要な書類が守られる優れもの。堅牢(けんろう)性に優れている

 同資料館は、そろばん(珠算)の歴史や教育の資料を保存・展示する目的で公益社団法人全国珠算教育連盟によって2013年に開設された。

 「計算のための道具」の歴史は長い。原点はメソポタミアにまで遡るという。展示室には、エジプト、ギリシア、ローマで使われた「線そろばん」のレプリカに始まり、各時代、中国、ロシアなど各国で生まれたそろばんの数々が、満遍なく展示されている。歴史的にも貴重な古そろばん(約900丁)や和算書など珠算関連の書籍(2000冊)をはじめ、そろばんに関するグッズ(約100点)も所蔵している。一部は触ることも可能だ。これだけまとまった情報は、全国でも珍しいだろう。規模は小さいが、人間の濃厚な営みに触れる喜びも感じられる施設である。

文・今村博幸 撮影・JUN

にほんそろばんしりょうかん
東京都台東区下谷2-17-4
📞:03-3875-6636
開館時間:平日午前10時〜正午、午後1時〜4時(要予約)
入場無料
https://www.soroban.or.jp/museum/

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