夢と憧れが詰まった野球盤に興奮した遠き日々

 もう一つ、エキサイティングだったのが、65年にお目見えしたサッカーゲームだ。特徴といえば、選手が平べったいブリキでできていたことだ。プレーの性質上こういう形にするしかなかったと思われる。技術的には、一番上達が困難だったゲームかもしれない。手元のコントローラーを前後に動かしながら指で回して操り、選手をクルクルと回し試合を進めていく。しかし、強く回せばいいというわけではなく、絶妙なタイミングで、正確にボールを相手のゴールめがけて運んでいかなくてはならない。時には、パスも必要になってくるが、これにもまた技術が必要だった。

 今回紹介した三つのゲームに共通するのは、上手くなるためには練習が必要だということだ。野球盤で言えばストライク、ボールを見極める目、バットを振るタイミング、ボウリングゲームなら、その度に調整が必要なボーラーの角度、サッカーゲームに至っては、パスも含めて、ボールコントロールのさじ加減を指先の感覚で覚えていかなくてはならない。コンピューターゲームも連打のテクニックやタイミングなどが重要で、練習すれば上手になっていくのであろうが、それは、コントローラーのボタンを押すという動作がほとんだ。昔のゲームで上達するためには、やらなくてはならないことが山ほどあったのである。1970年代以降になるとプレーヤーも平面的から立体的に変わってきている

 主たるプレーヤーである子どもたちの目は真剣そのもので輝いていた。それぞれのスポーツをあたかもその場でプレーしているような没入感はハンパじゃなかった。まるで自分がグラウンドに立っていたり、ピンが倒れて「パカーン」と飛ばされる乾いた音などが響いている気持ちにさせてくれる。成功もすれば失敗もするスポーツのスリルがゲーム盤から放たれていた。

 それらのゲーム盤で遊んだ日々を懐かしんでいると、ふと、当時の緊張感や興奮、友達の歓声や笑い声が脳裏を駆け巡った。

文・今村博幸