遠くから見れば綺麗に見える 昭和100年の光と影

 大量生産された商品が普及していく中で、皆が三種の神器「冷蔵庫、テレビ、洗濯機」を持つようになり、自家用車も例外ではなかった。結果として、大都市を中心に発生したのが交通渋滞である。特に東京・大阪などの大都市のそれは、人々を心の底からうんざりさせた。昭和の様子を伝える写真には、車が数珠繋ぎになった様子がしばしば登場する。社会は目覚ましく発展していたが、インフラの整備が追いつかず、こちらの発展は途上だった。父親の車に乗せられて出かけた記憶の中には、都会の渋滞の酷さがトラウマのように残っているご仁も少なからずいるだろう。

工業地帯から排出された煤煙は、深刻な大気汚染と健康被害をもたらした

 うっとうしかったのが人間関係だ。隣同士で、しょうゆや味噌などの調味料を貸しあったり、作り過ぎた煮物やカレー、田舎から届いた特産物をお裾分けする習慣が日常的だった。筆者が若い頃に住んでいた部屋の隣に、仲良くしてくれていた「ご近所さん」がいた。だいぶ年上だった彼は1人暮らし。コンビニで働いていて、もらってきた売れ残りをくれた。一時期それが毎日になり、来るたびに部屋に上がり込んで話をするようになった。当時、仕事が忙しくなり始めていた頃で、彼の訪問が苦痛になってきていた。正直、迷惑に感じていたのである。持ってきてくれるおにぎりや総菜は助かったが、途中から居留守を使って逃げるようになった。彼はしつこく玄関のチャイムを鳴らした。しばらくして、それも収まったが、ほろ苦い近所付き合いの経験である。

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