「昭和100年」に当たり

街頭テレビに熱狂、やがてお茶の間に普及

 新たな娯楽も登場した。「お茶の間」という言葉が使われるようになり、中心には、白黒の映像を家族で楽しめるテレビがドン!と置かれた。当初は個々の家庭にはなく、街頭テレビで映し出される力道山の空手チョップに人々は熱狂した。63(同38)年にスタートした日本初の国産テレビアニメ「鉄腕アトム」は、子供たちをブラウン管の前にくぎ付けにする。テレビが日常に新しい娯楽をもたらしたのだ。昭和40年代になると各家庭にテレビが普及した。ニュースやスポーツ中継以外にも、クイズ番組やアニメなども放送されるようになり、娯楽の幅は広がっていく。

 70年代には、東京・赤坂や新宿にディスコが開店した。80年代初頭には、各地に広がり、半ば以降は「マハラジャ」、91年には社会現象にもなった「ジュリアナ東京」がオープンした。戦後の闇市から始まり、一足飛びに階段を駆け上がるように、見たこともなかったようなモノが世に出回り、街が整備され、新しい文化が生まれていく。100年前にはなかったものが少しずつ形を変え今(令和)の社会を形成していると考えると、昭和はそれまでの歴史にはなかったモノや文化が次々に登場するエポックメーキング的な時代でもあったと言い換えられるだろう。

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