計算の道具から文化へ 昭和を支えたそろばんの力

 さまざまな音に満ちていた昭和という時代においても、そろばんが繰り出す音は一種独特だった。街ごとにあったそろばん教室は大規模なものが多かった。何十人もの生徒たちが一斉に珠を弾く音が聞こえてきたものだ。

「たとえば、40人の生徒たちが一斉にそろばんを弾くと、その音が水のせせらぎのように聞こえます。見事なせせらぎです。100人、200人、300人ともなると、想像を絶する心地良さですよ」

中国から伝わった八卦をモチーフにしたそろばんも作られた。計算のためのそろばんではない

 谷さんにとって忘れられないエピソードがある。「100人ほどの生徒が在籍する教室に間借りをしていたことがあります。ある時、教室の隣の3畳間で私だけポツンと受験勉強をしていた時のこと。突然雨の降る音が聞こえました。慌てて外を確かめたんですが晴れています。生徒たちが机に並んでそろばんの取り暗算をしていたんですね」。そろばんの珠を弾くのと同じ所作で、指を動かしている生徒たちが机をタップする音だった。

会社のイベント、記念日などには豪華な素材を使ったりユニークな形状のものが作られることもあった。真珠そろばんもその一つだ

 今から50年ほど前、アメリカにそろばんを伝えた教師が、授業の初めに、「これはなんでしょう」と質問をした。子供たちは、楽器の一種だと答えたのは、笑い話ではない。「私はこの話をとても新鮮な感動と共に聞いたものですよ」

反物屋が商品を客に見せる時、着物を広げてもそろばんを見失わないように腰高に作ってある。さりげないが納得の工夫だ

 そろばんの長い歴史の中で、危機と思われた出来事がある。電卓(電子式卓上計算機)の登場だ。1964(昭和39)年、早川電機(現シャープ)から発表され、当時55万5000円だった。「その頃、そろばん塾を経営していた私は、そんなのが出てきたらそろばんに勝ち目はないと正直に思いましたね。結果的には、私の考えは杞憂(きゆう)に終わります。そろばんは今でもしっかりと生き続けていますから

1981年に発売されたシャープ製ソロカルE L-428。当時の定価は5500円。そろばんの玉もプラスチック化された

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