「講談倶楽部」(講談社)を皮切りに、「少年倶楽部」(同)、「少女画報」(東京社)、「日本少年」(実業之日本社)、「主婦の友」(主婦の友社)などに描いた独特な少年少女の挿絵や美人画は一世を風靡(ふうび)し、華宵は竹久夢二らと並ぶ人気画家となった。また、31(昭和6)年以降は日本画制作に励み、戦後は子供向けの絵本や単行本を手がけている。
「ビクター広告絵」昭和2(1927)年
高畠華宵/画
今年で開館40周年を迎えた同美術館が設立されたのは、初代理事長・鹿野琢見が熱烈な華宵ファンであったという経緯がある。華宵と出会ったことで、鹿野は私費を投じて自宅敷地内に美術館を建設した。同美術館は、そんな鹿野の熱い思いを受け継いでいるという。
「雨中の銃声」『日本少年』昭和5(1930)年6月号口絵
高畠華宵/画