創業60年超 先代が遺した癒やしの空間で名曲を

 一息ついて小林さんは続ける。「クラシックって、『敷居の高いもの』と思われるけど、そういう意識のない人でね。他の音楽にも興味がありました。少なくともクラシックの気取った雰囲気はありませんでした。音楽の原点的な良さというか、魅力に惹(ひ)かれたんじゃないでしょうか」

タンノイの名機。クラシックを聴くには見た目も含めてピッタリ

 小林さんが、ここで長く働き、後を継いだのには理由がある。この場所を愛しているのかと尋ねてみた。「愛しているというよりも、自分の家にいるような気持ちですね。せっかく長いこと続いているし、残しておくことが正しいことなんじゃないかと思っていました」。実際、この手の喫茶店は減る一方だ。「中央線沿線は意外と残ってますよ。でもね。必死になって残そうというような気持ちは私にはないんです。居心地がいいから、自分がここにいたいから続けているって思っています」

柔らかい日差しを背に落ち着ける椅
子は、奥の部屋に。心地よい空間だ

 店がオープンした1961(昭和36)年ごろまでは、各家庭にやっとオーディオ機器が入ってきた時代だ。所有してない人も多かった。名曲喫茶も、そういう時代に生まれた文化だった。だから客は、自分の家のリビングであるがごとく、誰にも邪魔されず、静かに音楽を聴く。小林さんがハキハキとした口調で話す。「だから、いわゆる名曲喫茶ってしゃべらない、しゃべっちゃいけない場所だったんです」

まざまな作曲家の全集などをまとめた箱。かなりの数にのぼる