昭和風情と下町情緒残る空間でクラフトビールを

 それにしてもなぜ、ビアホールなのか? 「ここをリノベーションする時に、特定非営利活動法人たいとう歴史都市研究会というNPO法人が住民にアンケートをとったんです」。すると、客が来るような場所だったら、①お酒が飲める場所②毎日買いに行けるパン屋③高くてもいいから上質な調味料が買える店ーー。三つの意見が上がってきた。

1階では、女性同士でグラスを傾けていた。昼から酒を飲む背徳感がもしあるなら、ビールと一緒に飲み込んでしまえばいい

 「そこで、ここはビール(1号棟)、向かい(2号棟)はパン屋さん、3号棟には、お塩とオリーブオイルの専門店が入ることになりました」。つまりどんな街づくりをしたいのか、住民たちの声で決まったのだ。谷中という街がいかに地域のつながりを大切にしているかが分かるエピソードだ。2階には、丸いちゃぶ台を置いた畳の部屋が二間ある。コロナの影響で注文用にタブレットを置くようになった

 一口に酒と言っても、日本酒やワイン、ウイスキーなどさまざまな種類があるが、ビール(ビアホール)になったのは、女将の縁(えにし)が関係していた。「私が、アウグスビール(東京・文京区湯島)という醸造所とご縁がありまして、ビールになりました」。アウグスビールは、キリンビール出身でキリンUSA副社長をしていた坂本健二氏が独立し、日本の業界に新しい風を吹かせたいと立ち上げたクラフトビールのメーカーである。「どちらかというと、『とりあえず生』というような雑な扱いをされる日本のビールですが、ワインなら高価な年代物、晴れの日にはスパークリングというように、種類によっていろいろな用途があります。ビールにはそういうものがないので作りたいというコンセプトから生まれたのが、アウグスビールです」

和服姿のリカちゃん人形。けん玉。
黒電話がさりげなく置かれている 

 生産量が少なく、小さな工場で作られるクラフトビールだが、地に足をつけ、5年ほどかけて醸造してきた。そして、谷中をモチーフにして谷中ビールを完成させた。「坂本社長はそのために、ここら周辺を現地調査し、建物を見て、ビールの色を茶色と決め、味のイメージを合わせて試作品を作ったようです」

コンクリートの塀に埋め込まれた、郵便・新聞受け

 ビールには、日本古来の食文化と重なる部分もあると吉田さんは考えている。「ビールは、選りすぐられた麦とホップと水だけで醸造されるシンプルな飲み物。古民家も、大工さんによって選定された木とクギだけで造られています。日本人のDNAに組み込まれた部分では、古民家は根本的な部分でビールに近い。だから似合うはずです。シンプルを好む日本の食文化とも合います。手仕事を丁寧にするという意味でも共通点がありますよね」急な階段、木造の手すりや、漆喰(しっくい)壁が昭和を物語る