歴史刻むクラシックホテルで建築美に高揚する

 設計を担当したのは、新進気鋭の建築家であった渡辺仁氏である。服部時計店(現銀座・和光)などを手掛けたことでも知られる同氏が、歴史主義(1800〜1900年代にかけて、ヨーロッパの過去の建築様式を復古的に用いた)様式、表現派、帝冠(和洋折衷)様式、初期のモダニズムなど、多岐にわたったスタイルを自在に操る建築家であったことも決して偶然ではないだろう。そんな渡辺氏の才能が随所に散りばめられているのがホテルニューグランドなのである。

タワー館と本館に囲まれたヨーロピアンエレガンスを感じる中庭。ガーデンウエディングなどでも使われる。ちなみにヨーロピアンエレガンスは、ホテル全体に漂う基本コンセプトでもある

 開店扉(現在は自動ドア)から入るとすぐに大階段があるというユニークなエントランスにかけての風景は、ホテルニューグランドのシンボリックな場所だ。現在、フロントは新館のタワー館に移ったが、かつてはここを上がった所にあった。「お客さまにとってはインパクトがあったと思います。私自身も、この階段を見るたびに、開業当時から、どんな人たちが行き来したのだろうと思いを巡らせ、ロマンを感じます」と横山さんは言う。

伽藍(がらん)にあるような鐘楼(しょうろう)が天井から光を照らす

 階段を上がる1段目の両サイドに飾られているのは、フルーツバスケットの彫刻だ。「海外などでは、ウエルカムフルーツバスケットが部屋に置いてあります。お客様を視覚的にもてなす意味合いがあると思うんです」。階段の下から見上げると、エレベーターが見える。その上に飾られているタペストリーは「天女奏楽之図」。遠くから見ると、日本画のようにも見えるが、京都・旧川島織物の二代目・川島甚兵衛作の綴織(つづりおり)だ。織物を囲う木枠の内側に掘られている文様は、東大寺・正倉院(奈良)の境内に似た模様が使われている。さらに、伽藍の鐘楼を模した照明もよく見ると、和紙を思わせる模様がうっすらと描かれている。建物の外観は紛れもない西洋建築だが、日本の美術的要素やもてなしの心が組み込まれているのだ。「海外から訪れたお客さまをもてなす意味で日本の伝統美を意識されたのではないかと私は思っています」

本館の正面玄関とバルコニー部分。1992(平成4)年、本館は、横浜市の歴史的建造物の認定を受けた