向島の置屋イメージ⁉︎ 昭和の味と人情にほろ酔い

 石黒さんは推定70歳ぐらいだ。正確な年齢は、「国家機密」と笑う。いわゆるベビーブームの時代に生まれた。そんな石黒さんにとって昭和とはどんな時代だったのだろう。「僕たちの時代は貧しかった。貧しいけど気持ちは豊かだったよね。なぜなら、希望があったからです。特に、昭和30〜50年ぐらいまで、これからいい時代が来る期待感でいっぱいでした」。商店街の通りの人出はすさまじかった。わずか数㍍の道幅を横切るのが大変なくらいの客が押し寄せていた。「活気や熱気が商店街中に満ちあふれていたよね」

店先の小窓越しに、人気の「巴焼き」を手に「は
い、お待ち!」と店主の石黒さん。1個120円

 店を営むにあたっても、昭和は当然ながら今とは違った。「昭和って、不便だけど料理人としても楽しかった。巴焼きは、炭で焼いていたので、火力が落ちるとうちわで仰いでまた起こして。小豆を炊くにしても、焦げたり日によって出来具合が微妙に変わります。それはそれで僕の味。かえって良かったんじゃないでしょうか」。人の手が入ることで、基本的な技術に加えて、焦げないように料理人なりの炊き方がある。「その後ガスになった。かなり楽になったけど、火加減の調整は常に気を使います。そして今度は電気の時代が来て、うちも一度入れたことあるけど、あれはダメだね。均一に焼けるけど、火加減を調節しながら焼くガスの方が不思議とおいしくなりますよ」 。だから、これ以上は変えないつもりだと石黒さんは、力強く言った。

店の片隅にも、懐かしい大きなマ
ッチ箱、チンドン屋さんの写真も

 石黒さんの話を聞いていると、昭和に存在した発想がひっきりなしに出てくる。古臭いが真実であることは確かだ。「料理人で一番ダメなのは道具を大切にしないやつ。鍋や包丁は当然だけど、お客さんが座る椅子も、僕は大切にしています。新しいものが5000円ぐらいで買えるのに、座面を張り替えると、7000円ぐらい取られちゃう。でも、やっぱりこの椅子にこだわりたい。ケチとモノを大事にするのは違う。それを今一緒にしちゃっている。そんなの捨てちゃえばいいじゃんって、そういうもんじゃないと思うんです」

砂町商店街を明治通り側から入ると、すぐ左側。レトロな外観が印象的だ

 昭和の味を堪能できる店、それが銀座ホールだ。料理の特徴は甘辛味である。ご飯にかけても日本酒やビールにも合う。昭和にどこの家庭でも食べられた日本独自の味である。「一応後継者はいるけど、彼らに任せるときには、僕は抜けなくてはならない。そしたら今の味を出せるかが心配なんです。ただ、『銀座ホール』の名前だけは残したいね」

 食事もできて、大判焼きも食べられる。こういうタイプの店は、特に大きな街では少なくなった。いつまでも残したい味と下町の人情に触れ、店を後にした。


ぎんざほーる
東京都江東区北砂3-33-20
📞:03-3644-6354
営業時間:午前10時半〜午後6時半(ラストオーダー)
定休日:水曜日、第1木曜、第3木曜
文・今村博幸 撮影・JUN

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