「スローなエレベーター」がいざなう優雅なひと時

 100%同じと言うわけにはいかないのは、当然である。が、経年劣化によって傷んだところは、丁寧に修復が繰り返された。少なくとも雰囲気は壊されておらず、基本的には、創建当時を維持しているところに大きな価値がある。鈴木さんは、吹き抜けを眺めながら強調する。「それは私だけでできることではなくて、高島屋を愛した先輩社員たちが築き上げたものにしか存在しません。さらにきちんと残してきたものなんです。もう一つ忘れてはならないのは、当店を愛してくれたお客様のおかげでもあります

1階の13号機エレベーターの扉は、若き日の東郷青児が描いた抽象画の絵柄となっている

 戦時中の麗しいエピソードがある。「空襲の時、店には焼夷(しょうい)弾は投下されませんでしたが、周りは火の海だったそうです。それを、町内の人たちが、バケツリレーで延焼しないように消し止めてくれた。彼らがいなければ、建物も燃えていたでしょう」。彼らにとっても、高島屋の建物だけは燃やしたくないと言う思いがあったはずである。幸いなことに、建物は燃えず、焼け出された人たちは高島屋に避難してきたという。「すべては、町内の人たちが高島屋を愛してくれていたからだと思いますし、感謝の気持ちしかありません」。百貨店は、ただ単に物を売るだけではない。人と人がつながる場所であることを証明しているのだ。

買い物客を運ぶエレベーターには、心のこもったおもてなしの精神が宿っている

 高島屋日本橋店では、蛇腹と木製に見える金属の二重扉がついたエレベーターが現役だ。案内係が、手動で操作する。エレベーターのカゴが到着すると、手を上げて、「上に参ります」などと客を導く。客は、もてなされている心地よさを感じながら、百貨店を楽しむ。買い物だけではない、百貨店を訪れる付加価値がそこに凝縮されているのである。かつては各階に案内人がいた時代もあった。古いエレベーターを使い続けているのには、百貨店としての信念がある。「店員がお客様をじかにもてなすのが百貨店の百貨店たるゆえんでもあります。それはまさに昭和にあった文化そのものであり、当店の象徴の一つだと思っています」

エレベーターを呼ぶ押しボタンも1933(昭和
 8)年から使われている。素材であるプラスチ
 ックまで変わっていないという。カゴの位置を
 示すインジケーターのデザインも当時のまま 

 鈴木さんが誇らしげに語った後、微笑みながら続けた。「こんなにノロいエレベーターに乗ったことがないって怒られることもありますけどね」。案内人が安全確認する時間もあるし、実際にスピードも遅い。しかし、のんびりと上下するエレベータで、各階をゆっくりと歩いて優雅な時間を過ごすと考えれば、「それもまた楽し」ということになる。

洋風のファサード(建物の正面)とシンプルなデ
ザインの旗の組み合わせというセンスはさすがだ

 正面玄関の黒い鉄扉は開店と共にあき、閉店と共にとじられる。扉に重みを感じさせるのは、鉄という素材からくるのではなく、時を経たものだけが持ちうる歴史のせいである。

たかしまやにほんばしてん
東京都中央区日本橋2-4-1
📞:03-3211-4111
営業時間:午前10時30分〜午後7時30分
定休日:無休(元日除く)
文・今村博幸 撮影・JUN

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