心に染みる名フレーズ 駄菓子も扱う牛乳店⁉︎

梅原牛乳店(東京・お花茶屋)

retroism〜article〜132〜


「牛乳だよおっ母さん」

 ユニークな宣伝に、ニヤリとさせられる。よどみなく話す店主の梅原ふみいさんが説明を始めた。「綾小路きみまろのCD聴いていたら、『糖尿だよおっ母さん』ってのがあって、そこから思いついたのよ」。(「東京だヨおっ母さん」の)パクリのそのまたパクリだ。しかし、面白いから全く問題ナシ。店内外には、このような彼女の手書きでつづられた口上が至る所に貼ってある。「お菓子はね 心をいやす 必需品」「心に音楽 心に駄菓子 足りてますか」。秀逸なのは、「人が笑うのは 生きるため」。心にじんわりと染み込んでいくフレーズだが、これは駄菓子屋「梅原牛乳店」の根本的なポリシーだ。

商品よりも目がいってしまう梅原さん手書きの名フレーズの一つ。達筆なのがまたニクイ

 元々は、学校給食の牛乳として知られた「コーシン牛乳」の販売店だった。創業は1974(昭和49)年である。「牛乳屋は配達があって朝が早いけど、その後は暇なのよ。それで、なんとなく駄菓子を売り始めたの。そうしたら子供さんたちがきてくれるようになって、話をするようになって、けっこう退屈しのぎにもなったのよ」。最初は少しだったが、商品は次第に増えていった。だが、牛乳の宅配は年を追うごとに少なくなる。かつての家々の入り口には、黄色い斜めのふたのついた牛乳受け箱が置いてあったが、それもほぼ姿を消した。「あたしも子供2人いるけど、継がせようとも思わなかった。大変な仕事だから。時代の流れもあるし、しょうがないですね」。こうして牛乳の販売店は、立派な駄菓子屋と相なったのである。

駄菓子の王様と言っていい「よっちゃん」は今も健在(左)。隣には、ビールにも合いそうなせんべい

 40年前と比べて駄菓子屋の数はほぼ10分の1まで減ったが、探してみるとまだまだ頑張っている店も少なくない。しかしここはそんじょそこらの駄菓子屋と趣が違う。まず店名が駄菓子屋なのに「梅原牛乳店」。さらに店先に備えられたベンチ(一部は牛乳運搬用のコンテナを使用)には、近所の常連が取っ替え引っ替えやってきては話をしていく。午前中の年齢層はかなり高めだ。椅子に座って、長居する人も多い。「世間話をして1日が始まるの。だいたい5、6人ぐらいが出たり入ったりするね。大切だなって思うのは、人との触れ合いがあることかな」

色とりどりのセロファンで巻かれた「ピース
ラムネ」。思わず買わずにはいられない一品だ

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