大都会の片隅で至極の抹茶と昔日の風景を味わう

 茶室で祖父が茶をたてていた記憶はほとんどないと中山さんは言う。「でも、お茶の道具はいろいろと残っています。いいものか悪いものかはわかりませんけどね。柱に飾る一輪挿しや茶わん、茶杓(しゃく)や香合(こうごう)がいろいろなところから出てくるんです。やっぱり祖父もお茶が好きだったんだと思いますよ。でなければ集めないですよね」。それ以外にも、家財道具を含めてさまざまなものが古桑庵に眠る。それらがあるのは幸せなこと、と中山さんは視線を店内へ向けた。

夏目漱石から届いた書簡。達筆さがうかがえる

 「『ここに飾るものないかしら』って言うと、どこからかすぐに出てくるんですよ。『すごいねぇ。なんでもあるのね。いいわね勢都子さんは』ってスタッフにもよく言われます」。それは、母親のおかげだと中山さんが微笑む。「何かが壊れると予備をすぐに用意する、母がそういう人だったんですよ」

 歴史ある建物をはじめ、部屋のしつらえや茶道にまつわる道具、母親が茶道の師範――それら全てがそろったうえで店が成り立っている。それが、そこはかとない空気を作り出す。きちんと時を経たものでなければ絶対に出せない、時空を超えたたまものなのだ。

表通りから庭、その奥に玄関を望む。頭で考えれば異空間のはずなのに、目にはごく自然に入ってくる風景。歴史のなせる業か

 古桑庵の畳に座り窓から庭を眺める。こういう場所が残っている意味は、かつてあった風景を、今に伝えることだとつくづく思う。日本に脈々と流れ続けてきた「習慣」や「文化」をとどめる掛け替えのない場所は、あってしかるべきである。

 大都会の片隅で、失われつつある風景を堪能する幸せをぜひ味わってほしい。

こそうあん
東京都目黒区自由が丘1-24-23
📞03・3718・4203
営業時間:正午〜午後6時半(平日) 午前11時〜午後6時半(土日祝)
定休日:水
文・今村博幸 撮影・JUN

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