大都会の片隅で至極の抹茶と昔日の風景を味わう

 茶房でありギャラリーでもある古桑庵が誕生したのは、1999(平成11)年。人形作家だった中山さんの母親が、自分の作品を「お披露目する場」から始まった。「最初は年に1度、作った人形を自宅にお客様を呼んで、お菓子やお茶などを出していました」。この催しは10年ぐらい続き、その延長線上で、母親が茶房を始めることになる。

 古桑庵とは祖父の渡辺彦(ひこ)さんが1954(昭和29)年に作った茶室の名前だ。命名したのは、小説家・松岡譲である。松岡は夏目漱石の長女・筆子の婿であり、渡辺さんのテニス仲間だった。「子供の頃には、松岡さんがどういう方かも私は知りませんでした。ただ、しょっちゅう家にいらっしゃって、泊まっていかれることもある、祖父の仲のいい友達という認識でした」

かつての玄関はこんな感じだった。
奥 には茶室に付随した水屋。風流だ 

 茶室の腰板や飾り部分に、桑の木の古材が使われていたことが店名の由来になっている。やがて、母親が亡くなった後、店の手伝いをしていた中山さんが同店を引き継いだ。供する飲み物の原点は抹茶である。「茶道の師範でもあった母の希望でした。抹茶を主体にして、次第にコーヒーや紅茶を出するようになり、食べ物もあったほうが楽しいだろうということで、あんみつなどもメニューに並ぶようになったのです」

茶室として作られた古桑庵には、その由来である桑の木の古材が随所に使われ、気品を感じさせるる

 自らも茶道をたしなむ中山さんには、メニューに対してのポリシーがある。「自分たちが食べたいもの、食べておいしいと思ったものしか出しません」。さらに中山さんは続ける。「なんと言っても、人と接したり話をしたりするのは、何ものにも代えがたい喜びです。若い人たちからもいろんな知識やパワーをもらえて励みになる。スタッフと、どうしようこうしようって試行錯誤しながら、『今回は失敗しちゃったね』ってことの繰り返しなんですけど、それ自体が楽しい作業なんですよ」。中山さんの人生に覇気があるのは、仕事のおかげなのだ。

ガラス越しに差す日の光を浴びてこころなしか店内の畳も気持ちよさそうだ

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする