レトロ散歩 其ノ拾

あとがき

 広尾橋の交差点に立つと、明治屋のある広尾プラザ、その前には広尾ガーデンが見える。どちらもセレブな人が行き交う場所だ。有栖川宮記念公園方面に向かえば、1962(昭和37)年にオープンした老舗、世界各国の食材を集めたナショナル麻布スーパーマーケット、さらにはフランスやドイツの大使館が置かれ、外国人の姿も多い。昭和の日本の風景とはほど遠いインターナショナルなイメージだ。

 しかし、一歩路地へ入ると、状況は一変。昔ながらのモルタル塗りの家屋が並ぶのだ。広尾商店街のメイン通りにも、古くからの商店がチラホラ。昭和から変わることなく有り続けるこれらの店が、もともと街に存在していた魅力を語り継いでいるようだ。間口が一間ほどしかない鮮魚店、飾り気のない花屋、今どきの子供は決して喜ばないであろうおもちゃ屋などなど、その存在感だけで価値を見いだせる店がしたたかに残っている。

 もともと広尾(現在の広尾5丁目あたり)には、瓦屋、ブリキ屋、左官屋、水道屋、電気屋、ガラス屋、タイル屋、ペンキ屋、畳屋――、職人が多く住む街だった。さらに、100年以上続く三味線屋もいまだ健在だ。主人であり伝統工芸士でもある真島久雄さんは御歳71歳。元気ではあるが、仕事の手を休めて言った言葉は寂しそうだった。「三味線に張る皮が年々少なくなっているんだよ。私ももう年だし跡継ぎも居ない。この店もあと3年ぐらいかな……」

 昔ながらの店や風景の中には、人の営みが息づいている。彼らが発する言葉は重い。昭和の風景は確実に減っている。しかし、それを心に刻むことはまだ辛うじて可能だ。少なくとも、この街で散歩を楽しむなら、脈々と横たわる歴史を感じたい。そう願わずにはいられないのだ。

文・今村博幸 撮影・JUN

 

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする