古今東西老若男女に愛される洋食屋は永久に不滅

 老舗洋食屋には魅力あふれる風景があったし、いまだに残る。手で押して入るすりガラスのついた木枠の扉。銀色で楕円(だえん)形の皿、三角に折った紙ナプキン(折り方は、地方によって異なる。横浜は四角く折るのが基本)などがそれだ。椅子とテーブルは2通りある。食堂的な店のテーブルには、デコラの天板にアルミ製の脚、天板の下には手荷物を置くためのすのこ式の棚がついていた。とはいえ、スポーツ新聞や漫画雑誌などが無造作に置かれていて、客の荷物はほぼ置けない状態の店が多かった。椅子は、骨組みが鉄またはステンレスのパイプ製で背もたれと座面はビニールで覆われている。こういう店でオムライスなどを頼むと、水を入れたコップにスプーンを入れて出してくれた。今ではすっかり見なくなったが、秩父の名店「パリー食堂」では、いまだにこの方式をとっている。

 一方で、やりすぎと思われるほど、重厚な家具を並べる店もあった。テーブル、椅子ともに木製で、椅子の座面は、合皮や本革が張られていたが、年季が入ってスプリングはブカブカ、ところどころ破れた部分にガムテープが貼ってあるなんてのもあった。そういう店は、柱もアール・デコ調だったり微妙にコリント式だったりする。値段設定も独特なものが多かった。サラダが1000円以上やぺらぺらのステーキが4000円越えなど今では考えられないような値段設定だった。当時は生野菜を食べる習慣がなかったり、ステーキが珍しいものであった日本ならではかもしれない。

  店の前に立つだけで圧倒される秩父の洋食屋「パリー食堂」。いまだ残る看板建築で食す、懐かしさ抜群の洋食は、わざわざ出掛ける価値ありだ

 老舗の洋食屋が新規の店と大きく違うのは店に染み付いた匂いだ。鉄製のフライパンにも、ケチャップが焼ける匂いが染み込んでいる。肉を焼いた肉汁や野菜の旨味みをフライパンがたっぷりと吸い込んでいて、そこから繰り出される料理がまとっているのが、まさに「洋食の匂い」なのだ。まともな料理人なら、それを嫌って、オムレツを焼くフライパンは専用を用意する。

 洋食屋には、絶対に外せない頼むべき料理がいくつかある。まず第一に挙げたいのは、カレーだ。今となっては国民食とも言えるカレーは、原点をたどればインドであって洋食(西洋)ではない。しかし日本におけるカレーは洋食屋で出されるカレーライスだ。インドからイギリスに渡り、そこから日本に輸入された経緯が日本人に、「カレーは洋食」 のメージを植え付けたと思われる。今は、インド料理屋がたくさんあるが、日本風のカレーを食べるなら間違いなく洋食屋なのだ。器からして実に洋食屋然としている。独特な形の銀のソースポットにカレーが別盛りになっているのが正道である。マナーでは、一口ずつかけながら、というのが本来らしいが、最初に全部ドバッとかけちゃっても、食べる人の好みで問題なしだ。

 カレーライスは、まさに子どもの心を嫌が応にも奮い立たせた。かつて密閉性がなかった家が並ぶ路地裏を歩けば、どこからかカレーの匂いがしてきた。それだけで、歩調は軽やかになった。ましてや自分の家からだとわかった時には、間違いなく早歩きになった。キャンプでは、みんなで力を合わせてカレーを作った。そういう意味では、最初に手がけた料理がカレーというご仁も少なくないはずだ。

定期的に食べたくなる、東京・竹橋の「タカサゴ」の手間暇かけたカレー。見かけも味も昭和の洋食屋で供されるカレーライスそのものだ。

 

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