レトロ散歩 其ノ弐

あとがき

 ラビリンス(迷宮)である。歩いて迷えば、連続的に魅力的な風景が現れては消えていく。それが谷中かいわいだ。

 「寺と墓ばかり」と陰口をたたかれたこともあったそうだが、その何が悪い? 谷中銀座の賑わいに、誰が文句をつけられるであろうか。新しい店も点在するが、100年を超える酒店の前では、外国人が日本酒をうまそうに飲んでいる。履物屋では下駄(げた)がまだ現役だし、暖かそうな綿入れはんてんが店の軒先きのほぼ全面を覆っているなど、おおよそ現代的な商店街では見られない店も健在だ。もちろん魚屋や総菜の店などが活況を呈する。

 こんな街には、歴史を重ねた洋食屋も必ずある。「キッチンマロ」も、昼時なら見逃せない店だ。柔らかい麺を使った味の濃いスパゲティナポリタンが食べられる。みそ汁付がなんとも下町。しかも、そのみそ汁がうまいのがニクい。

 この地域は、日本の下町の典型という印象で見られることも多いが、少し足を延ばすと、教会や洋館も見ることができる。日本で作られた洋館は、独特の趣があり、見る者を飽きさせない。根津神社のすぐ近くにある日本基督教団 根津教会はプロテスタントの教会らしく質素だが思わず目に留まる外観。もう少し足を延ばせば日本基督教団 西片町教会も。近くには、中央公論社創始者である麻田駒之助氏の自邸だった「平野家住宅」、医者の住まいだった「橋本家旧宅」なども見応え十分だ。細い路地に点在するそれらの洋館は、谷根千地区のもう一つの顔。外国の文化を取り入れることで発展してきた、日本の縮図を見るような、まさに迷宮を思わせる。

 かつて誰かが言った。谷中の良さは子供からお年寄りまで全ての年代の人間が住んでいることだと。だから、世代を超えて「人生のあり方」のようなことを伝えていける。それこそが地域の本来の姿だと思う。歴史ある街には、あるべき繋がりがきちんと受け継がれているのだ。

 JR日暮里の駅を降り、夕焼けだんだんの方へ向かう途中、「朝倉彫塑(ちょうそ)館」を示す矢印の方へと道を曲がるとすぐ、「初音小路」が左手に現れる。酒場の塊のある路地がごく自然に残っているのも、らしいといえば谷中らしい。

文・今村博幸 撮影・岡本央

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