縁側と庭、水影が楽しい下町の銭湯

 縁側と庭は、「キング・オブ・縁側」、または「キングオブ庭園」とたたえられる。30年ほど前に、ある銭湯ライターが取材に訪れ、「3800件ほど銭湯に行ったが、こんな庭と縁側は見たことがない!」と言われたことに由来する。

 縁側があるのは男風呂の脇だ。深い茶色の木でできた床と手すりの、時代を経た落ち着きがたまらない。ところどころに椅子が置かれ、くつろげるようになっている。まるで、老舗旅館か高級料亭の座敷にでも通されたような、せいたくな気分を味わえるのだ。脱衣場から湯船に至る建物の西側は、すべてが木枠の透明なガラスで、どこからでも庭が見通せる。浴槽の真横に当たる位置には、池も設えられ、悠々と泳いでいるのは20匹以上の錦鯉だ。「庭は、こちらに移った昭和13年から、ほとんど変わってません」。外を眺めながら松本さんが続けた。

庭の池には錦鯉が20匹以上。人に慣れているので、頭をなでることもできるそうだ

  「体を洗う場所が銭湯ですが、同時にくつろぐ場所でもあるます。こういう場所があるのとないのとではずいぶん違うと思います。遠くからいらしてくれるお客様もいて、のんびりしていく人もたくさんいらっしゃいますよ」と松本さんは胸を張る。

  「最初は、職業としての風呂屋に対してあまり興味はありませんでした。父の代で終わりだなぐらいに考えていました」。元々、松本さんは、プロのカメラマンでもあった。「でも、実際に継いでみると、毎日風呂を楽しみで来てくれるおじいちゃんやおばあちゃんをはじめ、多くのお客様がきてくださいます。彼らのさっぱりした顔を見てると、継いでよかったなって思いましたね」

花王石鹸(せっけん)が2年前、創業130年を
記念して伝統石鹸「花王ホワイト」を復刻。併
せて作られたポスターが女湯に貼られていた  

 銭湯を続けるうちに、別の楽しみがあることにも松本さんは気がついたという。「こうやって取材を受けていろんな人と話せるのも楽しいし、緑をバックに写真が撮れるということと、ゆったりしたスペースが確保できるので、女の子のモデルさんを使って、水着のグラビア撮影で場所を提供することもあります」。映画やドラマの舞台にもなった。自分が見慣れた風呂屋という景色が、撮影が入るなど、別の使い方をされることによって、松本さんの目には、自分の銭湯がまた違って映ったはずである。「さらにイベントもあります。それも大変ではありますが、楽しいですよ」

自慢の縁側と庭をバックに自身の銭湯を語る松本康一さん

    イベントを開こうと思った理由を松本さんが説明する。「営業は午後3時からですから、空いてる時間があります。その時間を使えないかなと考えたのが始まりでした」。最初の頃は、近所のイラストレーターが個展を開いたり、カメラマンの写真展のために、場所を提供した。やがて、ジャズなどの音楽会も開くようになる。ロッカーが移動できるので、50〜60人ぐらいが収容できるスペースが確保できたのも幸いした。

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