落語界のレジェンドが愛した純喫茶

 ビッグネームが関わるものが、この店にはもうひとつ存在する。壁に貼られたメニューの作者である。「メニューは、寄席文字の創始者とも言われる橘右近師匠とその弟子の左近師匠の直筆です。ファンの人がわざわざ写真を撮りに来るほどですが、あげるわけにもいかないし、売るわけにもいきませんからね」。そのメニューに書かれるラインアップも、餅やそば、うどんと個性的だが、確かにかつての喫茶店には、こういうメニューが存在していたように思う。コーヒーも飲める、日本茶も飲める、甘いものや軽食は、日本風が多かったのだ。カラフルだが少し古くなっているのが、右近師匠の作。そして比較的新しくきれいなのは弟子の左近師匠の作だ。中央に見えるキングコーヒーは、室井馬琴師匠の命名。量が多めのコーヒーだ

 喫茶楽屋で供される飲み物や料理は、出来合いのものはほとんどない。きちんと手がかかっているからどれもうまい。だから、舌の肥えた芸人や噺家にも支持されているのだ。コーヒーは、注文が来てから豆を挽(ひ)き一杯ずつハンドドリップで落とす。豆は創業当時から全く変わらない大手メーカーの最高級ブレンドだ。敬子さんは、ハキハキと言う。

「60年間一度も変わってません。味が母や私の口に合ってるし、変える理由もありませんから」。アイスコーヒー用のガムシロップは手作り。そばやうどんの出汁も宗田鰹(かつお)と鯖(さば)節でとり、返しも店の裏で作られる。今時、喫茶店でそこまで手をかけてる店は少ない。まさに、昔ながらの店なのだ。

階段の壁に貼ってある深夜寄席のお知らせ。若
手の研究会、勉強会も兼ねているが、まもなく
真打になるベテランも出演。入場料は1000円 

 そして、なんと言ってもこの店の特徴は、噺家と芸人たちがくることによって作られる、どこにも真似(まね)のできない雰囲気にある。「昔で言えば円蔵師匠や(柳家)小さん師匠、今なら、ナイツの塙くん、(三遊亭)小遊三師匠、(春風亭)昇太師匠、(林家)木久扇師匠もいらっしゃいますよ。数え上げたらきりがありません。彼らは高座の間に休みに来て、バカっ話でくつろぎ、気分をリセットしているみたいです。長居はしません」。敬子さんは一息ついた。「芸人さんは来ないんですか、なんて聞くお客さんがいますが、いてもせいぜい20分程度。だから会える確率は少ないですよ。そもそも、噺家さんも芸人さんもそんな暇な人はいませんからね」

60年の間に一度だけ買い換えた。「電気じかけじゃないから壊れないんです」下のボタンを押すと、希望の金額が素早く出てくる優れもの

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