蓄音機が紡ぐ亡父と娘の絆

 いったん話しだすと、他のことを忘れて夢中になることもしばしばだった。「そうすると、人のコーヒーを飲んじゃう。『それ俺のコーヒー』ってお客さんに言われることもしょっちゅうでした。たばこも好きで、そっちの灰皿に1本ありこっちの灰皿に1本ありで、また新しいのをつけようとするから『マスター、火のついたたばこいっぱいあるよ』なんて、みんなに指摘されてましたよ」。そう言いいながら早苗さんは、カウンターに残る焦げ跡を指さした。「これもこれも全部主人がつけたんです」。困った顔をしながら、ご主人の話をする早苗さんの表情は常に優しい。

消しゴム版画が得意だった康一さん。講師をしていたこともある。自分で紙を切り、メモ用冊子を作って、表紙には判を押した。客へのプレゼントだ

「娘は、主人が時々店に来るって言うんですよ」。思い出したように早苗さんが言うと、娘さんはうなずいた。「本当に来るんです。でも、母がいる時は来ない。きっと叱られるからなんじゃないですかね」

 秩父・浦山ダム近くにあった養蚕農家を移築
した。江戸末期か明治初期に建てられた古民
家。1階では康一さんが写真館を営んでいた

 開いていた蓄音機の蓋を閉じた早苗さんに、触るとご主人に叱られませんかと聞くと、「私の前には出ませんから。大丈夫です」と言って天井を見上げ、小さな声でつぶやいた。「出てこーい!」。早苗さんは、そのまましばらく上を向いたままだった。古い蓄音機が奏でるのは、メロディやリズムだけではないらしい。レバーを回していた康一さんや、それに聴き入った客たちの思いが、旋律に乗り店内に流れていたのだ。

みんげいさぼう もくてい
埼玉県秩父市野坂町2-15-26
📞0494・22・4388
営業時間:午前10時~午後8時
定休日:水曜

文・今村博幸 撮影・柳田隆司

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