古本にとどまらない池袋のワンダーランド

 もう一つの大きな特徴は棚にある。市販されている棚の隙間を埋めるように、瀬戸さん自作の棚が、随所に組み込まれているのだ。一般的に古本屋で語られる、「特徴ある棚」とは、「希少本が並ぶ」だとか、「巨匠の作品の初版本を集めた」などが正道だが、往来座の中では、意味合いがだいぶ違う。「工作が好きなんですよ。工夫して自作するのが何より楽しいんです」。実際に、あっと驚く仕掛けが、瀬戸式ともいうべき棚に散りばめられ、名前までつけられている。ちなみに、瀬戸さんは物の名前をつけるのも好きだと言った。「この棚から飛び出している棚は、ゴンドラ式になっています。名前は『ホンドラ』。そしてこの大作が、動く本棚。山脈みたいなので『アルプス』です」。高さ2メートルほどの真っ赤に塗られた棚を動かしながら、瀬戸さんの表情は満足げだ。

「書店にある平面的な棚で自在に動くのは、東京広しといえども、珍しいでしょう。しかも上から下まで面出し(本の表紙を見せる陳列の仕方)で置けます」。ただし、動くメリットを尋ねてみると、背後のスペースに在庫を置けて、それを取り出すのが容易なぐらいで、ずば抜けて利点があるわけではないらしい。だが、「書店の本棚が動く」という事象には、確かにワクワク感があると認めざるを得ない。

瀬戸さん自慢の動かせる手作り本棚。面出しで並べることを前提として作られた「アルプス」

 さて、往来座の古本屋としての魅力も見ておこう。まず、店主が根っからの本好きであるのが頼もしい。「本との関わりの原点は、子供の頃に、母親が絵本を毎日読み聞かせてくれたことにあります」。これは間違いなく筋金入りだ。物心ついた頃には、すでに本が顔の近くにあったのだ。「その後は、作家ごとに読んでいきました。小学生から中学生にかけては、主に手塚治虫。その後は灰谷健次郎を好きになり、吉行淳之介、野坂昭如に移り、第三の新人を追いかけているうちに、尾崎一雄になり、高見順まで行ったあたりで、作家個人を追いかけることはなくなりました」

赤塚不二夫の展覧会の図録、ファンにはたまらない書籍も、数多く並ぶ

 大学1年の頃から古本屋で働き始める。まるで、「ミュージシャンが、学生の頃からプロとセッションをし始めて……」みたいな話だ。44歳の現在まで、本を商い続けてきたその実力は、推して知るべしである。「僕は、小説が好きですし本も好きです。同時に、集めるのが好きなんです。本っていうマテリアルが好きなような気がします。この本が欲しいと思って手にとり、触れている瞬間が最高に幸せを感じるんです。収集癖があるのかもしれません」そんな瀬戸さんがの収集癖に基づいて、集めたのは、文芸、映画、美術がメイン。その他のジャンルは少しずつだ。「得意で好きなジャンルを集められたらいいなと思ってこの店を始め、その望みに近づこうとしていたらこうなりました。今後もまた変わっていくでしょう」

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