鉦と太鼓、クラリネットによる昭和歌謡で街中笑顔

 商店街では、顔見知りの人や商店の人との立ち話が頻繁に行われる。「北千住という土地柄もあります。チンドン屋というのは、50代以上の人たちにとってはなじみがあると思うんです。全国的に見ればそんな人たちも減ってきてはいますが、この辺りは何代も同じ場所に住んでいらっしゃって、飲食店や町工場を営んでいたり、この街で育ってきた人が多いんです。彼らは、チンドン屋を、『街に溶け込んでいる存在』として見てくれていると僕は感じています。北千住での仕事はとてもやりやすいのですが、理由は、チンドン屋の思い出を彼らが心の奥の方に持ち続けてくれているからです」。だから自分たちの技術を磨くのをおろそかにできないし、プロの仕事をしなくてはならないと、永田さんは考えているのだ。

向きが逆だが「アビイ・ロード」のジャケットをほうふつとさせる一枚

 一行は、商店街を抜けて住宅街へと入っていった。通りすがりの人たちは、スマートフォンや携帯電話で写真を撮ったり、立ち止まったりして演奏を楽しんでいた。全ての人が笑顔だった。曲は、「銀座カンカン娘」から「東京音頭」「トップ・オブ・ザ・ワールド」「カントリーロード」などの洋楽にまで及んだ。北千住の駅前で子供が増えたと見るや、柿崎さんは「アンパンマンのマーチ」を吹き出した。多くの人が行き交っていたが、ここでもチンドン屋は注目の的である。道ゆく年配者たちは昭和の面影を肌で感じているようだった。音楽に合わせて小さな女の子が踊り出したり、怖がって後ずさりしたりする子供もいたが、その後は真剣な目で、彼らの演奏を最後まで聴きほれていた。「鉦の音色の力は大きいと思います。祭りでは、鉦と太鼓が主役です。日本人の体の中に、それらの音色が染み込んでいて、自分のアイデンティティーを呼び起こさせるのではないでしょうか。昭和28年(NHKの本放送開始)以前は、テレビはありませんでした。特に70歳以上の人たちにとっては、若かりし頃、そこらじゅうにチンドン屋さんがいました。つまり『街の音』として自然にあった。それを思い出すんじゃないですかね。この辺りは祭りも多いですしね」 チンドン太鼓を胸の前に抱えて、背筋を伸ばして
礼をする永田さんの所作には、気品と誇りがある

 なくしてはいけないものがこの世にあるとすれば、その一つがチンドン屋である。広告の原点であると考えれば、「基本を忘れないため」、文化として捉えれば、エンターテインメントの原型としてなくせない職業なのである。「見てる人がみなさん楽しそうですね」と尋ねた時、美香さんは、ふと思い出したように言った。「泣く人もいらっしゃるんですよ。『岸壁の母』を聴いて涙を流す年配者もいらっしゃいますし、子供が怖くて泣きじゃくる場合もありますけどね」。そうは言ってもチンドン屋さんに最も似合うのは、「街の人たちの笑顔」だ。

 「僕ら自身、演じていて楽しいんです。この仕事やっぱりいいなって思います」。満面の笑顔で永田さんは言った。

ちんどんげいのうしゃ
東京都台東区根岸3-1-18-603
📞:03-3873-0337
https://www.chindon-geinou.com/

文・今村博幸 撮影・JUN

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