鉦と太鼓、クラリネットによる昭和歌謡で街中笑顔

チンドン芸能社(東京・根岸)

retroism〜article126

 実家の前は坂になっていた。ある時間になると、鉦(かね)の音と太鼓に合わせて、サックスの演奏が静かな住宅街に響く。「チンドン芸能社」の親方・永田久さんは、初めて聞いたその音を今でも忘れないという。

銭湯の前でポーズ。支度(衣装)は、特に統
 一されているわけではない。永田さん(中央)
 は昔の遊び人風、柿崎さん(右)は飴(あめ)
  屋さん風、美香さんは町人の可愛い娘風?   

 兄と2人で右手の方から上がってくるチンドン屋の姿を待った。しばらくすると、体を揺らしながらチンドン太鼓を気持ちよさそうに鳴らす親方の姿が現れ、続いて大太鼓そして三味線と背の低いサックス奏者の姿が見えた。親方は「ムシリ」と呼ばれる町人とは違う丁髷(ちょんまげ)で、着流し風の浪人姿だった。永田少年は、彼らが通り過ぎるのを、心を躍らせながら眺めた。「小学校低学年でしたかね。もしかすると幼稚園の頃かもしれません。近所にあるスーパーマーケットの特売日の宣伝のために、商店街や住宅街を回って来ていたんです」。張りのある声で永田さんが話し始める。「彼らがどんな人たちなのか、最初はわかリませんでした。母親に尋ねると、『あれはスーパーの宣伝だよ』と教えられました。月に1回か2回だったと思いますが、坂の下の方から音がすると兄と2人で『通り過ぎるまでは見ていよう』なんて言いながら、窓に額をつけてましたね」。太鼓を鳴らし、ラッパを吹きながら道を練り歩く彼らの存在は、日常の中に溶け込む非日常の風景だった。「見ざるを得ない何かを感じていましたね」

クラリネットを吹く楽師の柿崎さん。「これほど楽しい
  仕事はないと思います」。その言葉が音色にも表れていた

 チンドン屋に対して、永田さんが特別な感情を持っていたエピソードがある。「小学生の3年か4年ぐらいの時に、図画の時間に絵を描く課題が出ました。その時にたまたま久しぶりにチンドン屋さんに遭遇したんです。これを描きたいという思いが自然に湧き上がってきたんです」。実際に絵を描くためには、彼らをよく観察しなければいけない。「なんとか記憶しなくてはと思い、一生懸命凝視していました。同時に子供の頃に見ていたチンドン屋さんの姿が脳裏に浮かび上がってきた気がしたのを覚えています。でも、なかなか正確に記憶するのは大変でしたね」。永田さんはほほ笑んで、「ただ、その時の感情は、今でもはっきり覚えていて、ちょうど子供がおもちゃに夢中になった気持ちに似ていたと思います」と続けた。

「はい!はい!はい!」と美香さんの合いの手が途中に
入る。太鼓をたたき、パンフレットを配る。大忙しだ

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